目覚めの悪い朝。
検討はついている。
最近、夢に出てくる山田くんのせい。
山田くんというのは、私の初恋の男の子で、中学校時代の私の心を奪ったたった1人の男の子。
運動部だった痩せ型の彼は、クラスの中心的なグループにいつつ控えめで、そんなところが好きだった。
(1度も同じクラスになったことはない)
私はそれはもうたくさんアピールしたけれど(今思うとあんなに積極的なことは出来そうにない)、でも、山田くんは奥手だったので私たちは毎日メールを送り合うだけの仲だった。
卒業式の時に最後にもう一度「好き」と伝えると、「俺も好きだったよ」と言われた。
呪いみたいな言葉。
それから10年、私はたくさん恋をしたし、今は大好きな彼と同棲をしていて今年結婚をする。
彼も2年ほど前に地元から離れたところで、私の知らない人と結婚をしたと聞いた。
山田くん。
私はもう覚えてないよ、君の顔も声も。
ずぅっと前に忘れてしまった。
それなのに私に呪いをかけた君は夢の中に出てきて、もがいてもどうしようもない苦しさだけを残して消える。
とても身勝手だと思う。
【海の底】
ぬるい絶望のなかで生きてる。
泣くほどでもないような。まるで、38℃のお風呂みたい。
時々、泣きたくなる時がある。
それは、ぬるい絶望のなかで見つけた、あまりにもちっぽけな悲しみ。
涙が込み上げそうで胸が詰まる。
詰まるだけ。
絶望に浸って泣くには強くなりすぎた。
強くなりすぎちゃったな。
【柔らかい雨】
新調したイチョウ色のカーテンを開けて、淡い日差しを浴びる。
ベランダに繋がる掃き出し窓を開ければ、麻で出来たレースカーテンが大きく膨らみ、ひんやりとした肌寒い風が入り込む。
たちまち部屋が秋でいっぱいになった。
頂きもののカモミールハニーティーが蒸れるのをゆっくりと待つこの時間が、私は好きだ。
秋のこんなに爽やかな日は、お気に入りのブランケットに包まれながら、秋いっぱいの部屋で本を読むに限る。
【秋晴れ】
五感の中で、最も強く記憶に残るものは『臭覚』です。
そう誰かが言っていた。
私はそれを信じて疑わない。
思わず口から溢れた「好き」に、目を丸くして、それから困ったように笑っていた。
ふんわり香る甘くて爽やかな香り。私の初恋。
【忘れたくても忘れられない】
夏の昼下がり。
昨日の夜から降り出した雨はまだ止まず、ぱらぱらと軽やかな音で雨をはじく窓からは、うす暗い光がさしこんでいる。
キャミソール1枚で過ごすには少し肌寒い気温だ。
くしゅん、と小さくクシャミをすると、ユキは読んでいた本を開いたまま伏せて、おいで、と穏やかな声で言いながら私に向かって手を伸ばす。
私は素直にベッドとブランケットの間に潜り込み、ユキの体温を感じるように彼の腰に腕を回して寝転んだ。
ユキは満足そうに微笑み、右手で私の髪を優しくなでながら、左手に本をとり、物語のなかに戻っていく。
ユキはとても活動的な人間で、友達も多いし、趣味も多い。
休日はだいたい外出してしまう。もちろん、私も連れ立って外に出かけることもあるのだが。
でも、雨の日の休日は違う。
日がな一日、私たちはベッドの上で大半を過ごすことになる。
雨が降り続くかぎり、ずっとユキの体温を感じることができる距離にいることができる。
愛しいという気持ちが溢れてきた私は、好きよ、とユキを見つめて呟いた。
ぼくも好きだよ、ユキはそう言いながら、同じように右手で私の頭を撫でた。
【いつまでも降り止まない、雨】