utatane

Open App
8/16/2024, 9:51:18 AM

日本海の荒れた波が、香澄の足を濡らす。
ふくらはぎに力を入れて踏ん張っていなければ、時折おしてくる膝上までの波に持っていかれそうになった。
空も海も真っ暗で、ただたくさんの星とぼんやりとした月明かり、スマートフォンのライトだけが香澄たちを照らしている。
憂鬱だ、と思いつつも千秋からの誘いを断ることが出来なかった。
香澄と千秋の女子2人と、和也と直之の男子2人の仲良し4人組だ。
かつての仲良しだった4人組といった方が語弊がないだろう。
高校時代は遠足や運動会などのイベントごとはもちろん、昼食やテスト勉強など何をするにも4人で行動をするくらい毎日一緒に過ごしていたが、千秋は地元で就職し、他の3人は県外の大学や専門学校に進学することになっていったため、卒業後は自然に会うことがなくなってしまった。
しかし、香澄は友人たちと疎遠になってしまうことが、とても居心地が良く感じていた。
無理をしていたわけではない。
実際、高校時代は3人の友人たちのおかげでたくさんの思い出ができて、充実した日々を過ごせていたと思うし、そのことにも感謝をしている。
あの頃の4人はどこまで行っても並行だった。
でも、今は違う。何もかも。

【夜の海】

7/5/2024, 2:09:40 AM

天真爛漫って言葉がぴったりの、汚いわたし。
真っ白い天使の左羽だって、もいで、ちぎって、めちゃくちゃにして、「ずっとそばにいてね」って。
痛かったけど、悲しかったけど、でもずっと私がいるよ、と言ってくれた。

あのとき、私は私に誓ったの。

内緒だよ。


【神様だけが知っている】

7/1/2024, 9:35:13 AM

私は嘘がつけない。
「嘘だね」
と、嫌味ったらしく言われたところで返す言葉もないほどに。
湯気が出てしまいそうなほど上昇した体温と、たこのように赤く染まった頬がそれを物語っている。
彼はそんな私を見て、余裕の笑みを口元に浮かべ、紅色の面紐を人差し指にくるくると絡ませて遊んでいる。

小さな道場の中で、ひらひら踊るように揺れる紅色。
その赤に、私は不本意ながらもひと目で釘付けになった。
どんっと地面に踏み込む力強い音とともに、鮮やかな紅の面紐が揺れ、私の視線はそれを追いかけるように彼へと向かう。

絶対に言わない。
死んでも言ってあげない。
紅の糸に惑わされた、哀れで可哀想な私の初恋。


【赤い糸】

2/14/2024, 5:15:03 PM

ちらちらと雪が降るなかを、2人で歩いた帰り道。
いつも2人で楽しく話しながら通るこの道も、今日はなんだかいつもと違っているように感じるのは、私と君との間に少しの緊張があるからなのか。
いつも隣を歩いているのに、少しだけ前を歩く君の背中はなんだか知らない人みたい。
自転車のペダルが無機質にからからとなっている。
どんな風に君の名前を呼んで、どんな会話をしていたのか、今日は何も分からなくなってしまう。
分からないから荷台を思い切り掴んで、強制的に進行を防いだ。
「プリン作った、から。食べる?」
目が泳ぐ。たどたどしく言葉を発するたびに、汗が吹き出して体が暑くなった。
「うん」
いつもよりぶっきらぼうな返事。交わらない視線。
今日はバレンタイン。

【バレンタイン】

1/21/2024, 8:39:01 AM

目覚めの悪い朝。
検討はついている。
最近、夢に出てくる山田くんのせい。
山田くんというのは、私の初恋の男の子で、中学校時代の私の心を奪ったたった1人の男の子。
運動部だった痩せ型の彼は、クラスの中心的なグループにいつつ控えめで、そんなところが好きだった。
(1度も同じクラスになったことはない)

私はそれはもうたくさんアピールしたけれど(今思うとあんなに積極的なことは出来そうにない)、でも、山田くんは奥手だったので私たちは毎日メールを送り合うだけの仲だった。

卒業式の時に最後にもう一度「好き」と伝えると、「俺も好きだったよ」と言われた。
呪いみたいな言葉。

それから10年、私はたくさん恋をしたし、今は大好きな彼と同棲をしていて今年結婚をする。
彼も2年ほど前に地元から離れたところで、私の知らない人と結婚をしたと聞いた。

山田くん。
私はもう覚えてないよ、君の顔も声も。
ずぅっと前に忘れてしまった。
それなのに私に呪いをかけた君は夢の中に出てきて、もがいてもどうしようもない苦しさだけを残して消える。
とても身勝手だと思う。



【海の底】

Next