地獄の果てに
君は微笑んで
舌は抜かれて
喉は潰されて
血の海の底へ
沈みながらも
なおも可憐に
微笑み続けて
あなたと同じように
おもいを全部 言葉にしたいけれど
やっぱりまだどうにも
うまくかけませんでした
せめて
あなたからおそわった言葉で
海と陸をたくさんわたった先の異国の言葉で
あなたが10年前に訪れたという国の言葉で
不出来な生徒だったから
発音はよくないかもしれないけど
あなたと出会った
遠い海の国
世界の端っこの国の
小さな檻の中で
どこにもかけないから
ひとことだけ、呟かせてください
J…
時計の針は
進むものではないのです
戻るものでもないのです
時計の針は傷つけるもの
文字盤は腕で、針はカッター
痛みで教えてくれるのです
等間隔の痛みがなければ
無限の宇宙に放り出されてしまうから
もういちど12のところを切りつけたとき
前より深い傷がついて
すぐに新しい血が流れるでしょう
時計の針は縫いつけるもの
文字盤は布で、針には糸を通す
同じ幅で縫っていくとしても
好きな糸の色を選べなくても
少しだけなら縫い方は変えられるかも
もういちど12のところを縫いつけたとき
前の色と合わさって
いずれ美しい刺繍になるでしょう
そして
時計の針はしめすもの
時計はゆくさきをしめす羅針盤
360度
全ての方向へ
それぞれの方向へ
いずれ流れ着く
遠くの海へ
いつだったかなぁ
歴史の授業で先生がこんな話をしたのよ
真面目にきいてたわけじゃないから
うろ覚え、なんだけどさ
大昔の文明は大きな河の近くにつくられることが多かったんだって
でも、ときどき雨が降りすぎたりするんだったかな
それで、大きな河でもね
そのうち溢れちゃうことがあって
そうすると、文明にあったものは流されちゃって
家とか、お城とか、畑とか、家具とか、馬とか、
…人間とか
それでね、あとにはなんにも残らないのよ
全部、海の方へ流されてっちゃう
そういう土地は、そんなことがしょっちゅうだから
後の時代の学者さんたちは、
文明にあったものを遠くの海の底まで探さなきゃで
とっても大変なんだって
でも、洪水が起きることで
河の上の方の栄養のある土が流れてくるおかげで
それで、作物がたくさんとれるようになった
そういう文明もあるんだって
あたしね、先生が言ってたこと
どういうことかあんまりよく分かってなかったの
でもね、
ついこのあいだまで、あたし、ずっと
毎日毎晩、あの人のことを考えて
やり場にこまったのをどうにか溜めこんでたら
心がいっぱいいっぱいになって
文明の、大きな河みたいに溢れかえっちゃって
色んなものを巻き込んで、荒れ狂って、
…ふと、われにかえってみたらね
なんにもなくなってた
全部流れてっちゃってた
生活とか、思い出とか、趣味とか、友達とか
…あの人とか
なんか、多分そういうの全部、どっかいって
だから、しばらくはなんにもないところで
ひとりでぼーっと座り込んでた
それで、ようやく立ち上がろうとして、
ちょっと手をついたら
そこが、すごく柔らかくて
海の風と森の土をまぜこぜにしたみたいな
なんかいい匂いがして
それであたし、思ったの
あ、ここを耕したら
多分、いい作物が育つなぁ、って
先生が言ってたことってそういうことなのよね
きっと
心も唇も乾いて
喉は焼けて
涙すら出ない
どこまでいっても混ざらないふたつの色の
冷えきった砂漠の夜に
疲労はつのって
ただ横たわる
砂のようにぼろぼろの
肌をなでながら
用済みの私は砂に埋もれようとするけれど
どうにもきみばかりに砂が積もっていく
世界の真ん中にあるという
遠くの海を
いつか夢見て
かろうじて
息ができるのは私だけ
唇を寄せられるのは私だけ