囃子音

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いつだったかなぁ
歴史の授業で先生がこんな話をしたのよ
真面目にきいてたわけじゃないから
うろ覚え、なんだけどさ


大昔の文明は大きな河の近くにつくられることが多かったんだって

でも、ときどき雨が降りすぎたりするんだったかな
それで、大きな河でもね
そのうち溢れちゃうことがあって

そうすると、文明にあったものは流されちゃって
家とか、お城とか、畑とか、家具とか、馬とか、
…人間とか
それでね、あとにはなんにも残らないのよ
全部、海の方へ流されてっちゃう

そういう土地は、そんなことがしょっちゅうだから
後の時代の学者さんたちは、
文明にあったものを遠くの海の底まで探さなきゃで
とっても大変なんだって

でも、洪水が起きることで
河の上の方の栄養のある土が流れてくるおかげで
それで、作物がたくさんとれるようになった
そういう文明もあるんだって


あたしね、先生が言ってたこと
どういうことかあんまりよく分かってなかったの

でもね、

ついこのあいだまで、あたし、ずっと
毎日毎晩、あの人のことを考えて
やり場にこまったのをどうにか溜めこんでたら
心がいっぱいいっぱいになって
文明の、大きな河みたいに溢れかえっちゃって
色んなものを巻き込んで、荒れ狂って、

…ふと、われにかえってみたらね
なんにもなくなってた
全部流れてっちゃってた
生活とか、思い出とか、趣味とか、友達とか
…あの人とか
なんか、多分そういうの全部、どっかいって
だから、しばらくはなんにもないところで
ひとりでぼーっと座り込んでた

それで、ようやく立ち上がろうとして、
ちょっと手をついたら
そこが、すごく柔らかくて
海の風と森の土をまぜこぜにしたみたいな
なんかいい匂いがして

それであたし、思ったの

あ、ここを耕したら
多分、いい作物が育つなぁ、って


先生が言ってたことってそういうことなのよね

きっと






2/5/2023, 11:02:17 AM