もしもタイムマシンがあったなら?
あの頃の絶望しきってた私に教えてあげたい。
「今はこの苦しさに終わりなんかなくて永遠に続くように思えるかもしれないけど、だいぶ楽に生きられるようになる日がくるよ。だから大丈夫だよ」って。
誰の言葉も届かなかったあの頃の私にも、自分の言葉なら届くかもしれない。少しは安心させてあげられるかもしれない。
だけど、もしかしたら。
その私に、あの頃の私は言うかもしれない。
「自分じゃ死ねないから、殺して?」って。
「私なら、わかるでしょ?」って。
痛いくらいにわかってしまうはずだ。
いつか終わるのだとしても、目の前の“今”がどうしようもなく辛くて。何年か先じゃない、“今”、逃れたいのだこの苦しさから。
取られた手を私は、振り解けるだろうか。
誰にもわかってもらえない、ひとりぼっちだと泣いていた私を、私は、置いて帰れるだろうか。
「人間、欲が無くなったらおしまいよ」
そう言われた言葉の意味が、じわじわと私を侵食していく。
諦めてしまえれば楽なのだと思っていたのに。
何かを得ようともがいて失望する事が無い代わりに、心が沸き立つような事も無くなった。彩りを失った私の世界は灰色になった。
生きてはいるけど、死んでいるようなもの。
平穏とは違う。平坦な道の上を、立ち止まることも後戻りすることも許されず歩き続けるしかない。いつくるかもわからない終着点が訪れるまで。まるで罰ゲームみたいだ。
欲しいもの?
なんにもない、なんにもいらない。でも…そうだな、そう聞かれた時に、真剣に、あるいは無邪気に、または冗談めいて。答えられるような私のままで、ありたかったな。
「代わってあげたい」
「わかってあげられなくてごめんね」
気持ちはありがたいけどね、
私はこんな経験も、こんな思いも、他の誰にもしてほしくはないから。たとえ可能だとしても、まるごと肩代わりしてもらったり、完全に理解してもらうことなんて少しも望んでないんだよ。
あなたにも、君にも、大切なひとにはいつも笑っていてほしいから。悲しいことなんて降りかからないでほしいから。
だから、私だけで十分なんだよ。
…なんて、大切なひとが苦しむのを見るのは自分が耐えられないっていう、ただの私のエゴかもしれない、けれど。
信号待ち。青く、青く澄んだ空をフロントガラス越しに見上げて、どこか遠くに行きたい、と何度思っただろう。
異国の地じゃなくていい。透き通る海もいらない。
私の明日がない、場所。
目が離せない、吸い込まれそうになる、青。
鳴らされたクラクションに、アクセルを踏む。
喧騒にのまれて、思考が日常に溶けていく。
夜のとばりが降りた後、闇にぽかんと浮かぶ、頼りない月。
スピードを抑えず、それを目がけて飛び込んで、弧を描いて落ちていく様を何度想像しただろう。
ゆっくりとブレーキを踏み込む。今夜も届かない。
覗き込んだ月はずっとそこにいて、私を見てる。
澄んだ青すぎる空に、深い闇に鈍く光る月に。誘われて。
こっちだよ、と手招きされているようで。
強い衝動じゃない、
ただ、優しく、呼ばれている。
呼ばれつづけている。
それでもいいから、と縋った君も、
その手を振り解けなかった私も、弱くて。
どんな形でも繋ぎ止めておけるなら、とか、
隙間を埋めてくれて満たされる感覚だとか。
相手を思いやる事より自分の身勝手な感情で
先なんて考えないようにして曖昧さを選び続けていたけれど。
そうやって、与えるフリして、奪っていたの。
心をすり減らしていたのは、お互い様。
上澄みだけすくったような言葉のやりとりに
飽き飽きしてきた頃でしょう?
私はずるいから。知ってたよね、私を引き止めたあの時から。
だから私からは言わないよ。…言えないよ、
君から聞かせて。
そしたら私、ちゃんと頷いてみせるから。
この手、離すから。だから。ね?