僕は作家になれない。
公園の木陰に寝転んだ僕は空を見上げ、そんなことを思う。
小説もどきを書いては出版社に送る生活を続けて、もう三十歳手前。どこも色の良い返事は返ってこなかった。
バイト先にでも就職しようか……
そんなことを考えていると公園の外から小学生の声が聞こえる。四人グループ。じゃんけんに負けたであろう一人の児童が他の三人のランドセルを担ぎ運んでいる。次の交代ポイントは公園の入口な、そしたらまたじゃんけんしようぜ、と仲が良さそう。
将来の夢、という課題を小学生だったころに書いたっけ?
「僕の将来の夢は作家になることです。作家になって──」
作家になって、何をするんだったか思い出せない。
でも、そんな昔から作家になろうとしてたんだな。
僕は立ち上がって帰路についた。
昔の自分に胸を張って作家になったぞ! って言うために。次の小説は自信作だ!
「だからね、終わりにしよう」
僕は彼女にそう言った。
ファミレスのとあるテーブル席で僕は僕の最愛の人と向かい合って座っていた。
「僕たち、別れよう」
彼女にそう伝えると目に涙を浮かべた。
彼女は静かな声で、なんで? と一言。僕は一度も思ったことのない僕にしてくれた優しさを、彼女への不満みたいに言った。
「家に来て勝手に洗濯するところが嫌いだった。
冷蔵庫の中を見て勝手に料理するところが嫌いだった。
ご飯を残した時、気にしなくていいよって言ってくれたところが嫌いだった。
本棚の小説を読んで勝手に感想を言うところが嫌いだった。
風呂に入ったあと、勝手に掃除するところが嫌いだった。
一緒に出かけた時、お洒落して、気が付かなかったら不貞腐れるところが嫌いだった。
少し歩いただけでバテてしまう僕のために自販機で飲み物を買ってくれるところが嫌いだった
君のすべてが嫌いだった。
だからね、終わりにしよう」
伏せ見がちにそう言った。目を伏せてないと言えなかった。
彼女の涙を押し殺した声が聞こえる。
「分かった。私たち、別れましょう」
そう言うと彼女は席から立って出ていった。
彼女の『おもり』にはなりたくなかった。
彼女には僕よりも他に相応しい人がいる。
余命宣告を受けて何も食べられなくなった僕は席から立つ前に一言、もう一度だけ彼女の作った肉じゃがが食べたかったなぁ〜と呟いた。