Seaside cafe with cloudy sky

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9/7/2024, 11:07:21 AM

【踊るように】

coming soon !

9/6/2024, 12:56:55 PM

【時を告げる】← change order →【奇跡をもう一度】

9/5/2024, 3:02:58 PM

【貝殻】

coming soon !

9/4/2024, 12:30:20 PM

【きらめき】

◀◀【些細なことでも】からの続きです◀◀

手のキスのあと、席からほんの少し離れたところでアランと伯母さんが楽しく立ち話を始めていた。エルンストはそんな二人にかまう心の余裕もなく、内なる心の激しい葛藤にグルグルまわる頭を、テーブルに肘をついた片方の手で抱えていた。憧れ、尊敬、理想の人 ―― 初めてアランと出会ってから、彼のことは自分の中でずっとそう位置づけてきた。オリエンテーションが終わって離れてしまってもアランのことが忘れがたくて、よく伯母さん相手に彼の素晴らしさ、イケメン振り、有能さを語り、大いに薫陶を受けた不滅の一週間の思い出に浸ってはアランの面影を偲んでいた。しかし伯母さんは真面目に聞き役になってくれてはいたものの、いつもアランのことを「あんたの想い人」や「愛しの彼」だの「運命のお相手」などと茶化し続け、エルンストは心が折れそうになりながらも伯母さんの意地の悪いジョークだとして軽くやり過ごしていた。そう、ジョーク……だと思っていたんだけど……再会した本人を前にして気付いた不思議な感情のせいで、簡単にジョークと切り捨てられなくなってしまった。もしかして伯母さんは僕の無意識からくる挙措や口調の微妙なニュアンスとかで深層心理を読み、自分でも気付かなかった心の真実を言い当てていたんだろうか……そんなバカな ―― でも女性は鋭いからなあ……
―― いや、まだ分からない。エルンストは抱えている頭ごと小さくふるふると首を横に振った。だって二年ぶりに思いもよらず再会したばかりなんだ、感情が昂ぶりすぎて混乱した神経が、さっきの独占欲というか、嫉妬のような思いを気の迷い的に惹き起こしただけかも知れない。きっとそう、だってアランは同じ男性なんだし……今度は心の澱を吐き出すように深くため息をついた。男性相手で思い出す、カフェでバイトしていたときのヤな記憶。結構なトラウマにもなった思い出だった。あの経験で自分は同性は無理だと身をもって知らされた。だからいくら魅力的なアランに好意を持っても、想い人だなんていう恋愛感情にまでは発展しないと思うんだけど ――

「これはすまない、エルンスト。待たせてしまったね、食事の続きに戻ろうか」
鬱々とした思考が一瞬で掻き消えた。少し鼻にかかった甘みのある声、柔らかな話しぶり。顔を上げ声の方へ視線を巡らすと伯母さんはいつの間にかいなくなっていた。置きっぱなしにしていたトレンチや他の食器類と一緒に奥へ引っ込んだらしい。アランだけが一人、窓から差し込む黄昏前の琥珀色のきらめきに包まれて優しく微笑み立っていた。
「思わず話がはずんでしまった。とても仲良しなんだね、君たちって」
さっき掻き上げたせいか、前髪がほどよく掻き分けられてイケメン顔がよく見えるようになっている。光がいたづらにアランの全身へ幻想的な陰影を纏わせ、エルンストは瞬きも忘れてまぼろしのように美しい彼が向かいの席に着くのを見ていた。
「君のことをたくさん聞いたよ。それから、かわいい甥をよろしくってお願いされて」
テーブルに肘をついて身を乗り出し、顔を寄せウインクを飛ばして語を継ぐ。
「頼まれるまでもないことですって快諾しておいたよ。もちろん君も、この契約には異論ないだろう?」
美しい光の中で茶目っ気たっぷりに振る舞うアランの姿がとどめの一撃だった。ストンと自分の胸の中に、ある感情が落ちてきたのだ。全身が締めつけられて熱を帯び、悲しさと幸せがごちゃ混ぜになって甘い陶酔感に麻痺していく――そんな厄介な感情が。今まであーでもない、こーでもないと懊悩し逡巡して抵抗していたエルンストだったが、その感情に支配されてしまっては観念して受け入れざるを得ず、開き直ってついに認めることを決断したのだった。
彼はいま真実、自分の想い人になったのだという現実を。

▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶

9/3/2024, 11:22:26 AM

【些細なことでも】

◀◀【香水】からの続きです◀◀

「乾杯の言葉、あなたからぜひ。お願いできますか、アラン」
「名誉なことだね。喜んで」
謹んで受けるとアランはワイングラスをもう一段高く掲げた。乾杯は互いの目を見つめ合って行うべし。目の前のひよこ頭の水色の瞳をしっかり見捉え、祈るように告げた。
「気の毒なマルテッロの、一日も早い回復を願って」
するとエルンストの目元がかすかな朱を帯びた。今まで明るく接してくれてはいたが、倒れた彼のために体を張ってまで助けを求めたほどなのだ、実のところはかなり心配だったのだろう……エルンストの言外での反応に心中で同情しながら、さあ次は君だよとアランが水を向けた。
「 ―― はい……ありがとうございますアラン、彼に代わって感謝します。では僕は……僕もチーフの、威勢の良いがなり声が早く現場に復帰することを願って。それと……」言葉をいったん途切らせ、エルンストも向かいのアランの目を見つめる。眼鏡とそれに掛かる鳥の巣な前髪が邪魔をしてよく見えないけれど、美しいアルドワーズの色をした魅力的な双眸が垣間見える。それを捕らえながらあとの言葉を控えめに続けた。「 ―― 僕たちの再会も祝して」
「―― そうだね、不思議な再会に乾杯」
アランがすかさず同意し、ふわりと笑って付け加える。そして乾杯、二人はグラスに口をつけ一口だけ嗜んだあと、お互いのことを話題に語り合って前菜をつまんでいった。

「 ―― そんなに立て込んでいたんだ。だから熟練工でチーフのマルテッロがあんなことに……大変だったんだね」
「ええ……客先の無茶な短納期要請で地獄のような製造工程スケジュールでしたが、今日という期日に全品納品達成することができたんです。チーフを筆頭に、その他何人もが休日返上で本当に頑張ってくれました。ようやく休ませてあげられる……そんな記念すべき日に、あなたも大いに貢献してくださったんですよ」
フォルマッジオの盛り合わせにトマトとアボカド、海老のマヨネーズビネガー和えはマスタードが隠し味だ。そしてジェノベーゼソースの上に小さな角切りベイクドポテトを乗せたブルスケッタ。エルンストが予言したとおりに、すべてが心奪われる味であった。幸せのため息をこぼしながら二人の語らいは続く。
「はは、そうとは知らず、微力ながらお手伝いができて良かったよ。この名に恥じない極上のスペシャルランチは、今日、特に尽力した君自身へのご褒美でもあったのかな?幸運にもそのご相伴にあずかった僕は今、最高の気分に浸っているよ」
ふたたびワインを口にしたアランの能弁にエルンストは最後のブルスケッタを頬張りつつ目を見開いて瞬く。
「 ――自分へのご褒美……それは思いつきませんでした、ただあなたになにかお礼をしたかっただけで……」なんとか口実をもうけて、少しでもお近づきになりたかったから……との本心は伏せておく。
「でもそうですね、僕もチーフに次ぐ連日のオーバーワークでしたから。これぐらいの羽目外しは、チーフも許してくれますよね」
肩をすくめて無邪気に笑ってみせるエルンストをアランは微笑み返しながらも、オーバーワークという言葉に引っ掛かり、密かに彼の様子を覗った。―― あの時もしやと思ったけれど、やっぱり彼も若干過労状態にあるようだ。若い分、年配のマルテッロよりはまだ深刻な状態にはないのだろうけど……
「どうかしましたか、アラン?」
静かに自分を見据えるアランにきょとんとしてエルンストが訊いてきた。ああ、いや……と彼らしくない下手な言葉濁しで言い繕い、どこか虚ろなアランの態度にエルンストが首を傾げていたところへ、強烈に食欲をそそる香ばしい匂いと音が二人のテーブルへと近づいてきた。
「お待たせ、メインディッシュのお届けよ。ああ、きれいに食べてくれたのね」
見ればエルンストの伯母さんがジュージュー唸る鉄板大皿を掲げ持って来た。エルンストが不要になった皿を片付けてテーブルの中央を空け、そこへ厳かにメインディッシュが降臨する。目の前に現れたのは、切り分けられた妖しくもなまめかしい肉色をさらけ出す堂々たるビステッカ。アランもエルンストも言葉なく目を見張った。
「お腹を空かせた男どもには、こういった料理がどストライクでしょ?」
伯母さんが二人を交互に見て楽しげに訊く。意表を突かれた豪勢なメインディッシュ、思わず前髪を掻き上げてアランは伯母さんを見上げ、最上級の敬意を表した。
「 ―― ブラヴィッシマ……!この言葉しかありません。最高のおもてなしに最大限の感謝を。もしよろしければあなたのお手にキスしたいのですが」
「まああああああ、もちろん、喜んで!」
髪に隠されていたアランのイケメン素顔を間近で見、さらにはキスも乞われるという胸ときめくハプニング。彼女は一も二もなく承諾した。立ち上がったアランが彼女の手を取り恭しく甲へ口付けするさまを端で眺めていて、エルンストはなぜだか無性に面白くなかった。あからさまな態度には出さぬよう努めていたつもりだったが、伯母はそんなむくれ気味の甥に気付いたらしく、耳もとへ近寄って「ごめんね、エル。でもあんたからアランを奪ったりしないから安心して」と小声でおどけがちに言われたとき、エルンストは真っ赤になってしまった。だから、彼は、想い人じゃあないんだって……心の中でまた彼女に否定してはみたけれど ――
―― 想い人じゃない。そのはずだけど……じゃあなぜ、よくある社交儀礼のあんな些細なことでも、アランが伯母さんにしたのを目にしただけで、こんなにも不愉快な気分になってしまったんだろう ―― ?
これまで味わったことのない奇妙な感情に困惑し、いつの間にか伯母さんが姿を消したのにも気付かずにエルンストは茫然としていた。

▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶

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