【心の灯火】
coming soon !
【開けないLINE】
「うーん、どう解釈するべきか……」
「なにかお悩みですか、わが寛大なる教授」
「おお、わが聡明なる助手よ。君ならこの言葉をどう読むかね」
「ん?んー……ひらけない……LINE?でしょうか?」
「なんと!私は“あけない”と読んでしまった!ここからして齟齬が生じる、難解な言語よ!」
「しかし教授、あけないもひらけないも意味は大して変わりませんよね?」
「ニュアンス的な違いはあるんだが、まあ良しとしよう。だが意味をどう取る?君が読んだ“ひらけないLINE”は、どんな状態を伝えていると思うかね」
「そう……ですねえ、主語がないのでなんとも……直感的に言えば、なにか支障があってひらくことができないLINE、ということでしょうか……」
「なるほど、ひらくことが不可能だと言いたいのだな。ら抜き言葉であるな」
「そうですね!ら抜きじゃない“開けられないLINE”とあればもう少し解りやすかったと思います」
「だがもしら抜きでなければどうか?」
「それだと意思になりますか……?ひらこうとしない……?」
「そうだな、例えば誰かに“開けないのか?”と聞かれたときに“うん、開けない”と返答すればそうなるな」
「んーー、そうなると……」
「そうなると…………」
「…………」
「…………」
「もう……どうでもよくなってきますね」
「ああ……もうはっきり言って飽きてきた、真面目に考えるのが」
「じゃ、もうこの問題はうっちゃってカフェにでも行きましょう、教授。コーヒーを飲んで頭をすっきりさせることをおすすめします」
「そうだな、ついでに甘いものも頂いておこう。脳細胞の疲労を回復せねば」
✜ ✜ ✜ 結論・日本語って難しい ✜ ✜ ✜
【不完全な僕】
coming soon !
【香水】
◀◀【言葉はいらない、ただ・・・】からの続きです◀◀
気持ちいい場所だなあ ―― 窓から眺めているだけではもったいないと、テラスへ出てアランは昼下がりの日光浴を束の間満喫していた。陽光を浴びた土の匂いと店のであろう小さな菜園の様々なハーブが放つ芳香は、空気中で混ざりあってスパイシーな香水を思わせる香りを漂わせていた。少々肌寒いが全身を穏やかにすり抜けていく風の心地良さに気分がリフレッシュされていく。対岸の眺めを見渡せば、こちら側より規模の大きい工場が整然と建ち並んでいた。きっと夜になると保安灯の光で夜景が綺麗だろうな ―― そんな想像を巡らせつつ、そろそろ問題解決させて戻ってきたかなと振り向いて中を見ると、ギャルソンと化して戻ってきたエルンストがテラスに佇んでいるアランを見つけて、窓越しに目を丸くしていた。
「外のテラスの方が良かったですか?もう時間的に冷えてくると思うんですが……」
テラスへの出入り口で立ち止まり、グラスやら料理やら色々ぎっしり満載された銀のトレンチを片手で優雅に胸の位置で携えたエルンストがアランに伺う。もう片方の手はワインのフルボトルが入ったバスケットを下げていた。これは期待以上にスペシャルなランチだな。店内へ戻りエルンストの傍らへきたアランは、持つよと彼の手からバスケットを受け取って微笑んだ。
「おかえりエルンスト、もちろん店内でいただくよ。君のいない寂しさを散歩で紛らせていただけだから」
「……すみません、お待たせして。退屈させてしまいましたね」
もと居たテーブルへと二人並んで歩きながら、アランの他愛のないジョークに照れ笑いしてエルンストは詫びた。やがて席に到るとアランだけ着席するよう促して、トレンチのものを流れるように美しくテーブルにサーヴしていく。所作や手際がじつに様になっていた。言葉なく見惚れるアランの視線に気付き、
「一時期、西のカフェでバイトしていたんです」
短く遠慮がちにそれだけを告げ、アランが持っていたバスケットからボトルを取り出してグラスに二人分のワインを注いでいく。その手つきも洗練されたものだった。ブラボー、思わず拍手で手を打ち鳴らす。
「素晴らしいパフォーマンスだ、エルンスト。君って本当に出来る人なんだね。その若さで、末恐ろしいほどだ」
軽口めいた本気混じりの賛辞を贈ると当人ははにかんだ笑みでかしこまり、
「お世辞でも嬉しいです、とても……アラン。ありがとうございます」
二年前のオリエンテーションからふたたび名を呼び合うようになってからまだ数時間。どことなくためらいがちなエルンストの呼び方にはなんだかくすぐったさを覚えてしまう。悪い気はしないが。
「 ――じゃあ、そろそろ乾杯しようか。君が言ったように、もう空腹で倒れそうだよ」
エルンストのパーフェクトなサーヴが完了し、待ち切れない素振りでアランは着たままだったジャケットを隣の椅子へ脱ぎ置いて食事の体勢を整えた。エルンストも厨房へ戻ることなく離れた席へ空になったトレンチを置き、アランと同じく作業着の上着を脱いで席に着く。ようやくおとずれた食事のひととき、ワイングラスを掲げて二人、まずはホッとした面持ちで微笑み合った。
▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶
【言葉はいらない、ただ・・・】
◀◀【向かい合わせ】からの続きです◀◀
二人がのどかな川辺の光景に心和ませ、どちらからともなく会話を再開させようとしたときだった。店内に流れていた軽快なBGMの音量が絞られていき、やがて途絶えたかと思うと代わって新たな曲がしめやかに流れ出てきた。前と比べるとシックな曲調でほろ苦くも甘いスムースジャズ。大人の夜に合うナンバーである。壁の時計を確認すると15時を少しまわったころ。ちょっと早いんじゃないかなと思いつつもアランはさして気にせず、何気なくエルンストへ顔を向けると彼は血相を変えて立ち上がっていた。
「あの、……アラン、飲み物がまだ来ませんね。早く持ってきてもらうよう言ってきます、すぐ戻りますので……失礼します」
「 ―― うん、待ってるよ」
笑顔で送り出すと一目散に店の奥へ走って行った。また問題発生のようだな ―― ひとりクスクス笑いながらアランは川辺の眺めに目を戻し、のんびりとエルンストの帰りを待つことにした。
「伯母さん、誤解しているようだから言っておくけど」
エルンストが厨房に入ると伯母がワイングラスとミネラルウォーター、カトラリーバスケットを銀のトレンチにセットし終えたところであった。
「ちょうどいいところに来てくれたじゃない、すぐに前菜も用意するから待ってて、こんな時間だから人手が足りなくて」
と言いながら忙しく立ち働いてくれていた。そんな彼女の姿に一瞬絆されそうになったが、隅に設置してあるステレオの棚を覗うと、「言葉はいらない、ただ・・・」と銘打ったロマンティックBGM集なるCDジャケットが目立って置いてあるのが見え、彼女の勘違いを正すために強い意志でもってエルンストは伯母に物申した。
「いきなりおかしなBGMに代えただろう。僕たちはそんな仲じゃない、言ったじゃないか、彼は偶然助けてくれた大恩人だって。それだけの関係なんだから、もう変なことしないでよ」
伯母からのあれ取って、これこうして、という指示に手際良く従いつつもエルンストはそう言い切った。すると伯母は意外な面持ちで完成させた二人分の前菜を一緒のトレンチに据え置いて反論する。
「だってエル、あのイケメン、あのアラン・ジュノーは、あんたがずっと話してた想い人のあのアランなんでしょう?偶然出くわしたなんて下手な言い訳しなくて良いのに、あんたってホントに……」
「いや、だから偶然出会ったのは本当なんだよ!それに……たしかに、あのアラン・ジュノーだけど、彼は僕の憧れの、尊敬する、理想の人であって、想い人じゃあない!!!伯母さんの勘違いで彼に不愉快な思いはさせたくないんだ、頼むよ!!」
ケラケラ笑っていなそうとする彼女をさえぎり、真っ赤になってエルンストは抗議した。そんな甥の必死な様子に伯母は肩をすくめてため息一つつき、
「 ―― 分ったわよ。とにかく初めてのご来店なんだし、そういうことにしといてあげる」
と、完成した前菜セットを乗っけたトレンチとワインの入ったバスケットを有無を言わさずエルンストに押しつけた。
「ほら早く、あんたがお運びしなさい。得意でしょ。彼にイイところ見せるのよ」
……全然分かってないな……相変わらず訳知り顔の人の悪い笑みで伯母に厨房から追い出され、押しつけられた一式を手に、エルンストも諦めのため息を一つついてアランの待つ席へと戻って行った。
▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶