Seaside cafe with cloudy sky

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【言葉はいらない、ただ・・・】

◀◀【向かい合わせ】からの続きです◀◀

二人がのどかな川辺の光景に心和ませ、どちらからともなく会話を再開させようとしたときだった。店内に流れていた軽快なBGMの音量が絞られていき、やがて途絶えたかと思うと代わって新たな曲がしめやかに流れ出てきた。前と比べるとシックな曲調でほろ苦くも甘いスムースジャズ。大人の夜に合うナンバーである。壁の時計を確認すると15時を少しまわったころ。ちょっと早いんじゃないかなと思いつつもアランはさして気にせず、何気なくエルンストへ顔を向けると彼は血相を変えて立ち上がっていた。
「あの、……アラン、飲み物がまだ来ませんね。早く持ってきてもらうよう言ってきます、すぐ戻りますので……失礼します」
「 ―― うん、待ってるよ」
笑顔で送り出すと一目散に店の奥へ走って行った。また問題発生のようだな ―― ひとりクスクス笑いながらアランは川辺の眺めに目を戻し、のんびりとエルンストの帰りを待つことにした。

「伯母さん、誤解しているようだから言っておくけど」
エルンストが厨房に入ると伯母がワイングラスとミネラルウォーター、カトラリーバスケットを銀のトレンチにセットし終えたところであった。
「ちょうどいいところに来てくれたじゃない、すぐに前菜も用意するから待ってて、こんな時間だから人手が足りなくて」
と言いながら忙しく立ち働いてくれていた。そんな彼女の姿に一瞬絆されそうになったが、隅に設置してあるステレオの棚を覗うと、「言葉はいらない、ただ・・・」と銘打ったロマンティックBGM集なるCDジャケットが目立って置いてあるのが見え、彼女の勘違いを正すために強い意志でもってエルンストは伯母に物申した。
「いきなりおかしなBGMに代えただろう。僕たちはそんな仲じゃない、言ったじゃないか、彼は偶然助けてくれた大恩人だって。それだけの関係なんだから、もう変なことしないでよ」
伯母からのあれ取って、これこうして、という指示に手際良く従いつつもエルンストはそう言い切った。すると伯母は意外な面持ちで完成させた二人分の前菜を一緒のトレンチに据え置いて反論する。
「だってエル、あのイケメン、あのアラン・ジュノーは、あんたがずっと話してた想い人のあのアランなんでしょう?偶然出くわしたなんて下手な言い訳しなくて良いのに、あんたってホントに……」
「いや、だから偶然出会ったのは本当なんだよ!それに……たしかに、あのアラン・ジュノーだけど、彼は僕の憧れの、尊敬する、理想の人であって、想い人じゃあない!!!伯母さんの勘違いで彼に不愉快な思いはさせたくないんだ、頼むよ!!」
ケラケラ笑っていなそうとする彼女をさえぎり、真っ赤になってエルンストは抗議した。そんな甥の必死な様子に伯母は肩をすくめてため息一つつき、
「 ―― 分ったわよ。とにかく初めてのご来店なんだし、そういうことにしといてあげる」
と、完成した前菜セットを乗っけたトレンチとワインの入ったバスケットを有無を言わさずエルンストに押しつけた。
「ほら早く、あんたがお運びしなさい。得意でしょ。彼にイイところ見せるのよ」
……全然分かってないな……相変わらず訳知り顔の人の悪い笑みで伯母に厨房から追い出され、押しつけられた一式を手に、エルンストも諦めのため息を一つついてアランの待つ席へと戻って行った。

▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶

8/29/2024, 10:54:10 AM