Seaside cafe with cloudy sky

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【きらめき】

◀◀【些細なことでも】からの続きです◀◀

手のキスのあと、席からほんの少し離れたところでアランと伯母さんが楽しく立ち話を始めていた。エルンストはそんな二人にかまう心の余裕もなく、内なる心の激しい葛藤にグルグルまわる頭を、テーブルに肘をついた片方の手で抱えていた。憧れ、尊敬、理想の人 ―― 初めてアランと出会ってから、彼のことは自分の中でずっとそう位置づけてきた。オリエンテーションが終わって離れてしまってもアランのことが忘れがたくて、よく伯母さん相手に彼の素晴らしさ、イケメン振り、有能さを語り、大いに薫陶を受けた不滅の一週間の思い出に浸ってはアランの面影を偲んでいた。しかし伯母さんは真面目に聞き役になってくれてはいたものの、いつもアランのことを「あんたの想い人」や「愛しの彼」だの「運命のお相手」などと茶化し続け、エルンストは心が折れそうになりながらも伯母さんの意地の悪いジョークだとして軽くやり過ごしていた。そう、ジョーク……だと思っていたんだけど……再会した本人を前にして気付いた不思議な感情のせいで、簡単にジョークと切り捨てられなくなってしまった。もしかして伯母さんは僕の無意識からくる挙措や口調の微妙なニュアンスとかで深層心理を読み、自分でも気付かなかった心の真実を言い当てていたんだろうか……そんなバカな ―― でも女性は鋭いからなあ……
―― いや、まだ分からない。エルンストは抱えている頭ごと小さくふるふると首を横に振った。だって二年ぶりに思いもよらず再会したばかりなんだ、感情が昂ぶりすぎて混乱した神経が、さっきの独占欲というか、嫉妬のような思いを気の迷い的に惹き起こしただけかも知れない。きっとそう、だってアランは同じ男性なんだし……今度は心の澱を吐き出すように深くため息をついた。男性相手で思い出す、カフェでバイトしていたときのヤな記憶。結構なトラウマにもなった思い出だった。あの経験で自分は同性は無理だと身をもって知らされた。だからいくら魅力的なアランに好意を持っても、想い人だなんていう恋愛感情にまでは発展しないと思うんだけど ――

「これはすまない、エルンスト。待たせてしまったね、食事の続きに戻ろうか」
鬱々とした思考が一瞬で掻き消えた。少し鼻にかかった甘みのある声、柔らかな話しぶり。顔を上げ声の方へ視線を巡らすと伯母さんはいつの間にかいなくなっていた。置きっぱなしにしていたトレンチや他の食器類と一緒に奥へ引っ込んだらしい。アランだけが一人、窓から差し込む黄昏前の琥珀色のきらめきに包まれて優しく微笑み立っていた。
「思わず話がはずんでしまった。とても仲良しなんだね、君たちって」
さっき掻き上げたせいか、前髪がほどよく掻き分けられてイケメン顔がよく見えるようになっている。光がいたづらにアランの全身へ幻想的な陰影を纏わせ、エルンストは瞬きも忘れてまぼろしのように美しい彼が向かいの席に着くのを見ていた。
「君のことをたくさん聞いたよ。それから、かわいい甥をよろしくってお願いされて」
テーブルに肘をついて身を乗り出し、顔を寄せウインクを飛ばして語を継ぐ。
「頼まれるまでもないことですって快諾しておいたよ。もちろん君も、この契約には異論ないだろう?」
美しい光の中で茶目っ気たっぷりに振る舞うアランの姿がとどめの一撃だった。ストンと自分の胸の中に、ある感情が落ちてきたのだ。全身が締めつけられて熱を帯び、悲しさと幸せがごちゃ混ぜになって甘い陶酔感に麻痺していく――そんな厄介な感情が。今まであーでもない、こーでもないと懊悩し逡巡して抵抗していたエルンストだったが、その感情に支配されてしまっては観念して受け入れざるを得ず、開き直ってついに認めることを決断したのだった。
彼はいま真実、自分の想い人になったのだという現実を。

▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶

9/4/2024, 12:30:20 PM