最初に出会ったあの日のこと
正確にはもう思い出せない
けれど あなたの笑い声だけが
今も耳の奥で 揺れている
コーヒーは相変わらず ミルク多め
洗濯物のたたみ方も いつも適当
それにいちいち 小言を言ってた
あの頃の私も たしかに私だった
何年も同じ食卓で
同じニュースを見ながら
時に 言葉少なに
でも隣にいることが あたり前になった
恋だったのか
愛だったのか
それともただ
習慣という名前の 優しい牢屋だったのか
ふと あなたの寝息を聞きながら
胸の奥に 小さな問いが灯る
「この人を もう一度 好きになれるだろうか」
答えは出ない
けれど 今日もお弁当を作る手を止めずに
あなたの苦手なピーマンを そっと外す
たぶん 恋じゃない
でも 嫌いじゃない
むしろ
この静かな時間こそが 愛の形なのかもしれない
倦怠とは 終わりではなく
ひとつの通過点
すれ違いも 沈黙も
すべてを抱えて 今日を越えていく
恋か、愛か、それとも――
答えは きっと
この毎日の中に
静かに 潜んでいる
約束だよ
あの夏の午後
あなたと私、風鈴の音を数えた
小さな音が 風にゆれて
透明な時が 静かに流れていく
ほら、覚えてる?
「また、ここで会おうね」って
あなたが言った 声の温度
風鈴が揺れるたび
その言葉が 胸の奥で響く
私は待ってる
蝉の声が遠くなるころ
風の中に あなたの気配をさがして
約束だよ
忘れないでね
風鈴が、あなたに
もう一度会わせてくれるから
傘をひらいた
雨をよけるためじゃない
ほんとうは、あれは――
世界を裏返すための道具
ぽたり ぽたり
空の音が落ちてくる
傘の内側に うすく広がる
知らない街の 知らない空
雲が地を歩き
魚が空に浮かぶ
影が光を追いかける、そんな世界
傘の内は 静かすぎて
耳の奥で 時間が鳴っている
ときおり聞こえる、小さな声
「こっちの方が、本物じゃない?」
「あなたの世界、少しだけ 傾いていたよ」
傘を閉じれば この夢は壊れる
でも たった一瞬
名も知らぬ風が こちらを見る
そして私は気づく
もう戻れないかもしれないと
それでも、そっと
また傘を――開く
雨がやんだ
空が ふっと息を吐くように
雲がほどけて 陽が差し込む
水たまりに 空が映る
さかさまの青に 風が通る
まるで 今日が洗い立てになったみたい
どこかで鳥が 声を張る
窓を開ければ 光が踊る
ぬれた木々が きらきらと笑っている
さっきまでの 寂しさも
流れた涙も
アスファルトといっしょに 静かに消えていく
ほら、晴れた
心の奥まで ひとすじの光が差し込む
ただそれだけで 今日が特別になる
目隠しして
くるくるまわる
見えぬ敵は
スイカか、己か
声が飛ぶ
「右!」「左!」「ちがう、それ木!」
汗にじむ
木の棒がゆれる
割れたのは
スイカか
期待か
プライドか
けれども冷たい
赤い実はやさしくて
勝ち負けなんて
どうでもいいと
舌が笑った