「時間よ止まれ!」
生意気そうな顔をした少年が、玄関のドアに向けて唸っていた。
確かゲーム機でも壊したんだっけ?それともやっとけって言われてた宿題やってなかったとか?
この後さ、結局すぐ母さん帰ってきて猛烈に怒るんだよな。ゲンコツ落としてガミガミと。煩くてめんどくさくて、でもそれ以上に情けなくて不機嫌な顔してると、また更に怒るんだよ。
そーやって怒るけどさ、その日の夜だって、出来立ての夕ご飯を用意してくれて、廊下で寝落ちしかける俺を起こしてくれて、いつも「いってらっしゃい」「おかえり」って言ってくれて。
……遠くの方で、耳障りな鈴の音が聞こえる。
あぁ、この時間が止まってくれればいいのに。
(時間よ止まれ)
「何か君の声が聞こえた気がしてさ、呼んでくれた?」へら、と気の抜けた声で問いかける君に、僕は不恰好な笑みを浮かべて頷いた。歯が軋む。両手で挟み込んだ骨ばった手が、震えながらも握り返してくれるこの事実に、込み上げてくる何かを必死に噛み殺した。
(君の声がする)
どんな時でも「ありがとう」と言える強さが欲しい。
他人を思いやれる強さ。自分の意見を呑み込める強さ。視点を変えられる強さ。口にする恐怖に勝てる強さ。
(ありがとう)
「ご飯粒ついてるよ」「いびき、かいてたね」「お母さん、きっと寂しがってるよ」「お父さん、たまには頼りにしてる」
小声で囁いては「聞こえてるぞ」と返ってくる不機嫌そうな声に笑っていた。
「お父さん、大好きだよ」
耳元でそっと伝えてみる。
「何度も言わなくても聞こえてる」なんて、何処かでむすっと呟いてくれてたらいいんだけどな。
(そっと伝えたい)
「未来の記憶」というアプリでは、自分に訪れる未来がわかるらしい。しかも嫌な未来はリロード可能とのこと。それなら1番良い未来を見ようとリロードし続けてたら、いつの間にか真っ暗な画面から動かなくなってしまった。
(未来の記憶)