「―――こんなことがあってさぁ」
「そっか。大変だね」
酔いが回った貴方は、最近の愚痴を話すようになった。あまり愚痴を言わない性格だから、溜まっていたんだろう。そんな貴方に、私ができることは同情しかなかった。
「はぁ……もう私やってらんない」
「分かる。そういう時ってあるよね」
「……分かってないくせに、分かってるふりしなくていいよ」
小声で貴方はそう言っていたけど、私には聞こえていた。でも、聞こえないふりをした。
いつもの貴方と違うから、ビックリして何も言えなかっただけだけど。
明日には明日の風が吹く。
上手くいかなかった今日にさよなら。
貴方に想いを伝えられなかった今日にさよなら。
明日の自分に、全てを託すのは嫌だから、
貴方の夢を見ながら今日とさよならをします。
それでは、さよなら。
お気に入りって、独り占めしたくなっちゃう。
「ねぇ聞いてよ、よく行ってた地元のラーメン屋がさ、テレビで紹介されてて。その後、すっごい混むようになっちゃってさ」
「へぇ、いい事じゃない」
「そうだけど~、店主さんと話すのも楽しみにしてたのに、忙しそうにしてて話せなかったんだよ。なんだかなぁって、気持ちにならない?こういう時」
「うーん、分からなくはないね」
でしょ!と貴方は大きな声を出したあと、レモンサワーをグイッと飲んだ。
「もちろん嬉しいけどさ。雰囲気とかお気に入りのお店だったから、少し残念」
「お気に入りか」
お気に入りを共有しようとしたら、お気に入りが壊れてしまうことって少なからずある、からかな。
誰よりも真面目な貴方。
誰よりも優しい貴方。
誰よりも頑張り屋さんな貴方。
誰よりも繊細な貴方。
誰よりも傷ついた貴方。
誰よりも理不尽に耐えてきた貴方。
「私なんて」って謙遜しなくていい。
苦しかったことも辛かったことも人それぞれだけど、みんなよく頑張ったね。
今日くらいは、ゆっくりおやすみなさい。
10年前じゃなくて、10年後の私から届いた手紙。
手紙を見ると、字がなんだか綺麗に見えた。そして、言葉遣いも、今の私と違ってとても美しくなっていた。
「貴方のおもっている、理想の私にはなれなかったけれど、とても幸せです。
10年後の** **より」
普通の大きさの便箋に、ただそれだけ書かれていた。
理想の私になれなかったようだけど、幸せなら、いいかなと思った。
もう少し、生きてみようかな。