いつもお兄ちゃんは、眠りにつく前に私に抱きつく。
こうすると、悪い夢を見なくて済むんですって。
それなら、寝てる間も私を抱きしめていればいいのに。
恥ずかしがり屋だから、しょうがないか。
生まれつきのオッドアイを、子供の頃から隠してきたんだもの。私は、お兄ちゃんの目が大好きなのに。
色は違うけど、私と同じ、オッドアイ。
眠りにつく前に、その宝石のような目を、お互いに見つめ合う。
永遠に幸あれ。
お兄ちゃんが書いていた小説の、最後の行にはそう書かれていた。
あなたがいない世界で、どう幸せになればいいの。
永遠を私から奪ったのは、あなたでしょう。
「なぁ、ユートピアって、どんな世界だと思う?」
ふと、お兄ちゃんが小説を書く手を止め、私にそう聞いた。
「うーん……私は、大切な人と、傍にいるだけでいいから、分からない」
ユートピア。またの名を理想郷。心も体も満たされるような世界、というような意味だったはず。
憧れの小説家にはなれず、床も壁もボロボロで、布団も糸がほつれていて、そんな家に住んでいる私は満たされていないように見えるかもしれない。
でも、私はお兄ちゃんのそばにいるだけで、心も体も満たされていた。
「お前らしい返答だな。参考にするよ」
そう言ったあと、お兄ちゃんは激しく咳をして、小説を書き始めた。
それから何年か経った後、お兄ちゃんは結核で死んでしまった。
私がすごしていたユートピアは、もう無い。
昔仲良かった友達と、最近カラオケに行った時、昔私がよく聞いていた曲を歌ったら、友達が、
「懐かしい!」
と声を上げていたのを覚えてる。
その後、一緒に歌ったんだっけ。
あの空気が、とても懐かしく思った。
私たちは、周りとは違う。
目が見えなかったり、腕がなかったり、声が出なかったり、人の心に敏感だったり……。
そんな私たち4人は、今まで過ごしてきた日常をコメディっぽくしたものを、動画に投稿することを仕事にしている。
今まで過ごしてきた暗い日常とは違うけど、でも色んな人に楽しく、私たちのことを知って欲しかった。
これは、私たちがすごしてきた、もうひとつの物語なのだから。