意味のないこと
「もし、あの時こうしていたら……」と考えること。
鏡の中の自分
洗いたての顔をタオルから離すと、鏡越しに起き抜けの彼と目が合った。
同時に背中から甘やかな衝撃に包まれた。
「おはよう」
「おはよう」
鏡越しに彼と見つめ合う自分の顔は、見たことがない自分で。
――彼しか知らない私。
眠りにつく前に
「私、腕枕ってあんまり好きじゃな――」
「あ、ごめん。してみたかったんだけど、イヤ?」
「ううん、そうじゃなくて。子供の頃、父親に頭乗せなさいって言われてしっくりこなくて」
「今は、どう?」
「――いい」
懐かしく思うこと
金曜、23時。
仕事で大失敗した帰り道。バスを降りたら涙が堪えきれなくなった。
アパートで彼が私の帰りを待っていた。
「どうした?」
「――向いてない……もう辞めたい」
「とりあえず、コンビニ行こ? なんでも買ってあげる」
コンビニスイーツをこれでもかと、彼はどんどんカゴに入れた。
一緒に食べたベイクドチーズケーキ。
「大丈夫。向いてるよ。たくさん食べて元気出して」
「こんな時間にめっちゃ太るじゃん」
2人で笑い合った。
* * *
仕事帰り、コンビニに寄った。
『片手で食べられるチーズケーキ、5年ぶりに復活!』
思わず買った。
ひと口。
あの夜のことを思い出した。
仕事はできるようになったのに目が途端に熱くなる。
――懐かしい……ひとりで思いたくなかった。
もう一つの物語
「じゃ、また来月に来るね」
「うん」
遠距離の彼を見送る。
改札でさよならするのは嫌で、新幹線ホームの入場券ボタンを押した。
手をつないで上がる長いエスカレーター。
発車時刻を待つ新幹線が見えた。
「じゃぁね」
「待ってる」
新幹線に乗る彼の手を離そうとしたら、彼に引っ張られて、思わず私も乗ってしまった。
「やっぱり嫌だ。ユミ、すぐ仕事辞めてオレと一緒に……」
本当に紡ぎたかった……その先の物語。