部屋の片隅で
「久しぶり。元気だった?」
半年前に別れた彼の声に心がざわめく。
気づかれないように冷静を装う。
「え、元気だよ。番号変えた?」
「え……変えてないよ……そっか……ごめん、俺勝手だよな」
「いや、そうじゃなくて、」
「いや、いいんだ。そんなもんだよね。俺の方が別れたこと、すごく後悔してたんだな」
違う、そうじゃない。
番号を入れたままにしたら、かけてしまいそうで縋りたくなくて消去した。
かかってきたら、その時考えよう。そう思って部屋の片隅には、まだ彼の荷物がある。
「この気持ち伝えないと俺、一生後悔すると思って電話かけたんだ。でも、もうユミは……」
350キロは思っているより遠い。
そうじゃないと言いたいけど……言えない。
半年が過ぎた。
結局、あれから電話がかかってくることはない。
部屋の片隅で積まれた3つの段ボールが問いかけてくる。
――本当に後悔するのは……。
逆さま
うちには逆さまの住人がいる。
今も3人から4人、冷たい環境に置かれている。
「使い切っちゃうね」
彼がそのうちの赤い子を選んだ。オムライスによく合う。
お尻の方を持ちフリフリすると「あっ!」と叫んだ。
「ふっ」
思わず笑ってしまった。
フタが開いて、飛びちった赤い液体。
「ごめん」
いつもクールな顔なのに、赤くなっている彼に思わず笑ってしまった。
「拭けば大丈夫」
――ただ一緒にいられるだけで良かった。
午前1時の緊張。
やっと隣で規則正しい寝息を立て始めた彼女を起こさないように、そっとベッドを抜け出した。
ワンルーム。
音を立てずに暗闇の中、机の引き出しを開ける。
あらかじめ用意しておいた糸とペンを手にして、彼女のブランケットを少しだけめくる。
その細い薬指に糸を巻き、ペン先を糸にあてた。
すぐブランケットを戻し、糸とペンを引き出しにしまう。
「……ん? どうかした?」
――やばっ。
後ろから彼女の声がした。
「あ、トイレ行ってた」
ごめん、ごめんと言いながらベッドに入る。
「寒くない?」
寝ぼけた声で彼女が言う。
「大丈夫だよ、おやすみ……」
「ん」
――びっくりした。
彼女が再び規則正しい寝息を立て始めるまで、オレに寄せてきたその体を抱きしめた。
気づかれただろうか?
まだ心臓がドキドキしている。
お題:眠れないほど
はなればなれ
終業式の帰り、彼とミスドに寄った。
「4月からオレたちも受験生か」
「お互い東京の大学に行けるようにがんばろうね」
いつものように他愛もない話をして、家路についた。
家に着くなりスマホが鳴った。持っていたカバンからスマホを取り出しタップする。私は制服のままベッドに腰を下ろした。
「さっき言えなかったんだけど……」
言いかけて珍しく彼が黙っている。
「どうかした?」
「……実はさ、父親の転勤が決まって4月から東京なんだ」
「え」
ここから東京までは新幹線で1時間半。
「1年、離れちゃうけど」
「そうだね。でも私も東京の大学に入ればいいんだし」
「良かった。同じ大学に入れればいいよな」
「うん。がんばろうね」
直接会うことはできなかったけど、私たちは頻繁にビデオ通話で話した。
それから半年がたち秋も深まる頃。
「実はさ、大学決まったんだ」
決まったというわりには浮かない顔の彼に不安がよぎる。
「良かったじゃん。おめでとう!」
「それが、言いにくいんだけど」
「え、どうして?」
「体育大に行くことにしたんだ」
さすがに同じ大学は無理だなって思った。
本当に私たちは、はなればなれになった。
秋風
バイクの後ろに乗せてもらって紅葉を見に来た。
彼に初めて連れてきてもらったそこは、縁結びのお寺だった。
「知ってたの?」
「いや、まぁ、うん。知ってたかな」
2人で絵馬に願いを込めた。
帰りに参道入り口のお豆腐屋さんに寄った。
お店は混んでいて外で食べた。
頬にあたる秋風が心地良い。
黄金色の三角の形をした油あげは、カリカリでふわふわだった。
「おいしい!」
「良かった。また来年も来よう」
でも、約束は4回でストップした。
久しぶりにひとりで来てみた。
同じ景色のはずなのに、色のない風は冷たかった。