ハビコ

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3/19/2024, 11:18:14 PM

やっと、やっとだ。ついにあの子を手に入れられる。
そう思うと胸がいっぱいになる。
あの子との出会いはいつだったかしら。確か一番初めに出会ったのは、私がまだランドセルを背負っていた頃ではないだろうか。

通学路にあったその店のショーケースには色とりどりのガラスの器が並んでいる。特に夏の日を浴びると棚の上にカラフルな光が反射して、器自体もキラキラと輝いていて、毎日その店の前を通るのが楽しみだった。
母に叱られた時も、友達と言い争った時も、美しい器たちを見ると心が癒された。

中でも私のお気に入りは、茶碗くらいの大きさで、縁が波打っている器だった。
いつだったか、伯母が見せてくれた海外の海の色に似ている。爽やかな透き通る青にエメラルドグリーンと水色が混ざったような色。
誰かが買って行ってしまわないか、店主の気まぐれでしまわれないか心配したものだ。


今日私はあの子を迎えに行った。
先程、店主が「待ってたよ」と微笑んで声をかけてくれた。ショーケースを毎日覗き込む少女を、店主もまた、毎日見かけていたようだった。
薄紙に巻かれ、あの子がぴったり入る小さな木箱に大事にしまわれた。大切にしよう。ずっとずっと、私がおばあちゃんになるまで。
どこに飾ろうかしら、と帰り道も胸が高鳴っていた。



〔胸が高鳴る〕

3/19/2024, 8:31:15 AM

私は知っていたはずなのに。
世は儘ならぬ事ばかりで、不条理に満ちていると。
あの方の言葉を信じてしまったのが為に、私たちとは住む世界の違うお方だということをこうも感ぜられるとは。

あの時、私もあの方も人の良心というものを信じすぎるほどに若かったのだ。よもや尊い命が幾つも彼の国へ連れていかれるなどと、夢にも思わず。

〔不条理〕

3/16/2024, 6:05:10 PM

 どうしてもいやだ。やりたくない。練習なんてしたって無駄だ。だって、どうせぼくにはできないはずだから。
 転んだら痛いだろ?怪我したらどうするんだよ。痛いじゃんか。怖いよ。だからやりたくないんだ。自転車の練習なんて。
 お父さんも、お母さんも、絶対すぐに乗れるよ!できるって!なんて簡単に言うけどさ。怖いんだから仕方ないじゃないか。

 だけどこれ以上先延ばしにできなさそう。
 弟も自転車を手に入れたらしい。
 僕より下の学年の子達が乗れてるの見るのだって悔しいのに。弟に先を越されるなんて、さすがのぼくでも兄としてのプライドが許さない。

 怖い。ペダルに足を乗せてみるけど、ふらふらする。こんなの乗れるわけないじゃないか!一体全体どうやって皆んな転ばずに漕いでるんだ。あんなに簡単そうに見えるのに!やっぱりできない…。
 それでも隣でお母さんが背中を支えててくれるから少しペダルを踏んでみる。もう一つの足も乗せてみる。回る。ペダルを漕いでいるぞ。
 前見て!前!前!お母さんの声にハッとして顔をあげる。進んでいる!ちょっと嬉しくなった時にハンドルがぐらぐらっとしてバランスを崩してしまった。
 自転車は倒れた。ふくらはぎに鈍い痛みが走る。ぼく自身は転ばなかったけど、さっき少しだけ嬉しくなった気持ちが折れそうになる。
 すると、道の反対側からフラフラしながらペダルを漕いでいる弟が来た。お父さんが身体を支えながら並走している。見て!ボクちょっとのれてる!て声が聞こえた。いやだ、負けたくない。ぼくはもう一度ペダルに足を乗せた。
 
 それから何回も自転車は倒れたけど、ぼくは挑戦した。今度はお父さんがぼくに付いてくれている。でもお父さんはちょっといやなんだ。弱音を吐くな!これくらいでビービー言うな!ほら漕げ!いいから!って大きな声で急かしてくるんだもん。自転車を押すスピードも超速い。止まれなかったらどうするんだよ。倒れたらすごく痛そうだ。
 でも、ぼくは気づいた。お父さんの超スピードだとペダルが漕ぎやすいんだ。ハンドルもふらふらしない。前を見るだけでグングン進んでいく。
 あれ?もしかして、ぼく、乗れてる?
 乗れてるぞ…!!
 もうお父さんは手を離していた。ほら!乗れたじゃん!お母さん見て見て!って大きな声でお母さんを呼んでいる。お母さんもビックリした顔をしている。乗れてるじゃん!て拍手してくれた。
 
 もう、ぼくは自転車名乗れるようになった。ブレーキだって完璧だ。こんなに嬉しいことはない。だからぼくは口をへの字にしてる弟に言ってやったんだ。
「自転車なんて簡単さ。全然怖いことなんかないよ。」