いつまでも捨てられないもの
ずっと違和感があった
大人になるということはどういうことなのか、大人もきっと都合よく答えるこの疑問は今でもふとしたときに零れてくる
少し成長してから分かったことは、「大人になる」ということは結構曖昧なことだってこと
はっきりしたゴールがあるわけでもなくて、そこが折り返し地点になるわけでもない
ただ気づいたら大人になってるんだって
その「大人」がどんな人物像を抱いているのかはまだ分からない
私はつまらない先生の無駄話を適当に流しながら、あれこれ考えては嫌な気持ちになった
「もう君たちは大人なんだから」
この一言が嫌に引っかかる
私はもう大人なんだろうか
確かにもう、小学生の頃のような幼さは抜けているのかもしれない
それでもまだ「大人になっている」かもしれないという事実を受け入れたくないぐらいには子供なんだろうと思う
あまり大人になりたいとは思わない
きっと周りのみんなも同じ
「大人」って聞くと良くないイメージばかりが湧いて仕方ないんだ
私たちの周りにいる大人たちはみんなつまらなくて、みんな同じようなことを言う
理不尽なことには目を閉じて、何も言わないことが彼らの正解なんだ
私は大人になりたくない
そうすることが正解なんだと思いたくない
どうにもできないことから目を背けたくない
でもきっといつかは私も大人になる
都合の悪いことには目を閉じて、何も言えなくなるんだろう
そんな未来が怖いとさえ思う
まだまだ子供なのかもしれない
大人はもう幼い心を忘れてしまってるんだろうか
薄れてしまうものなんだろうか
少し悲しくなる
いつまでも捨てきれない私の幼さが嫌になる
誇らしさ
雨音が響く静かな夜
私が進むべき道はなんだろうか、本当にこれでいいのか、どうしたらいいのか
考えても答を得ない不安ばかりが溢れてくる
こんなときはただ、深い暗闇に沈んでしまいたい
なんのために、誰のために演奏するのか私はずっと迷っているままだ
溢れた不安を抱えたまま演奏会を迎えてしまった
今までどうしていたのかも上手く思い出せなくて、手が汗で濡れていた
先生や周りの仲間の声を聞いて少し落ち着いた私は、多くはなかったけれど隣で演奏する子と言葉を交わした
「いつも通り、楽しもうね」と明るく彼女は言った
いつも聞いていた彼女の奏でる音色は、まさにその性格を表すようにのびのびとしていて明るいものだった
私もその演奏に元気をもらっていたし、本当に素敵だと思った
少し思い出した
その音色を聞いて不思議と私まで演奏を楽しめるようになっていたんだ
私はいつも通り、演奏を楽しもうと思った
「間違えても、音割れしてもいい。練習を重ねてこの場に立っているのは紛れもないあなたたちなんだから。あなたたちが楽しんで演奏すれば、それは絶対に目の前にいる全てのお客さんに伝わるから、お客さんを踊らせてしまうぐらい楽しんで演奏しよう」という先生の言葉に後押しされた
ステージの照明が明るくなって拍手が送られた
目の前には多くのお客さんが集まっていた
これから私はここで演奏する
さっきまで抱えていた不安はもうどうでもよくなっていた
ただ楽しみだと感じていた
心の高まりだけを頼りに私はいつもの席に着く
隣には彼女がいる
とても温かい気持ちになった
みんなの息継ぎが揃う
今までのステージで一番息の合った演奏をしている
私は心から演奏を楽しんでいた
私が奏でているこの音色がみんなの音色と重なり合う
心地良い綺麗な旋律となって私の耳に届く
本当に楽しい
ずっとこの時間が続けばいいのにとさえ思った
続々と客席から大きな拍手が送られた
照明の奥にいるたくさんのお客さんが、顔は見えないけれど楽しんでくれている実感があった
感謝の気持ちで溢れていた
「今の演奏、めっちゃ良かったよ」
いつも1番近くで演奏していた彼女が言ってくれた
私はその瞬間、嬉しくて嬉しくて舞い上がった
のどのあたりと目頭がじわじわと熱くなるのを感じていた
今にも泣きそうだった
今までの全ては無駄なんかじゃなかったし、これでいいんだと
そして何よりその言葉は私に自信と誇りを与えてくれた
私の演奏はそうやって誰かに届いているんだと
今までたくさん考えては藻掻いて、このままではだめだと、私じゃだめなんだと決めつけてきた
私の演奏を聞いてくれる人がいること、ちゃんと届いていることが心の底から嬉しかった
私はこれからもきっと、この言葉を思い出しては自分を誇りに思えるんだろうと確信を持てた
夜の海
どうしてかたまに海に行きたくなる
そんな時は決まって月明かりの眩しい静かな夜だ
海に行きたいと言うと父親は車の鍵を渡して先に乗っててと言う
靴を履いて玄関を出ると涼しい風が吹き抜ける
今日も星が見える
いい夜だ
私はいつも後部座席の左側に座る
特に意味は無い
私には妹がいて、いつも後部座席に2人で座ってるからきっと癖なんだろう
妹がいないときでも私が助手席に座ることは滅多にない
助手席に車の鍵を置いて父親が来るのを待つ
海までは20分ほどかかる
それまでの道はこれと言って面白いものはない
街の灯りがまだ眩しい
海が近くなるとどんどん灯りが少なくなっていく
松の木が植えられた道を行く
響くのは車のエンジン音だけ
道が開けると目の前は海
波は少しあるが静寂を感じる
水平線上に大きな船の灯りが見えた
ガードレールに沿って少し進んだあたりに車を停めて外に出る
心地いい潮風と波の音が優しく私を包む
この感覚だけは忘れないでいたいと心が言う
海に来ると嫌なことも忘れてしまう
そしてささやかな勇気をくれる
海は不思議な力を持っている
月明かりは1本の線を描くようにして波に反射し、私の下まで届いた
写真撮らないの?
父親はよく言う
私は写真が上手くはないから撮ってもほとんどがボツになる
それでも一応と思って2、3枚撮るけど、やっぱり下手なものは下手なんだなと笑ってしまいそうになる
目に映っている景色をそのまま残しておければいいのになと思うことばかりだ
でも忘れはしない
きっといつまでも鮮明に覚えておける
夜の海の静寂がそっと私を抱きしめた
風をきって坂を下れば青い空、絵に描いたような入道雲、太陽の光を反射してキラキラしている海
今年も懲りずに異常気象
鳴り止まない蝉時雨
汗が滴る
それでも自転車を漕いで走る坂道はとても涼しい
嫌なことも全部忘れて無我夢中で海のそばを走り抜ける
行き着く場所は分からない
分からないまま出発する方が楽しいから
誰もいない駅の自販機でアイスを買って木陰のベンチに座る
すぐに溶けてしまいそう
さすがにこの暑さじゃ誰も外には出たくないらしい
人どころか車も通ってない
零れ落ちそうなアイスをしっかり口で受け止めながら食べる
エネルギーチャージ完了
また自転車に乗って走り出す
今日は左に曲がってみよう
どんな景色が待ってるかな