記憶
私は覚えておかねばならない。彼らのために。
彼らは存在していた。そのことを…。
誰も知らぬ英雄譚。この世があるのは彼らのおかげなのだ。
彼らはこの地に降り立った。どこから来たのかも、どんな理由なのかもわからない。
ただ、彼らはここにいた人と仲をーめた。
彼らはこの地の人のために、ーーを作った。みな喜んだ。しかし、そのせいでーをつけられ、戦争にいたった。彼ら率いるーー軍はそー戦争で勝利し、ーーをーーーした。
ーーがーなーーーーーーーー………
記憶が掠れる。だめだ。もう思い出せない。忘れられていく。
…何を?
やさしい嘘
人魚に足をくれてやった。これで王子様の元に会いに行けるらしい。喜んでいたが、王子様とやらは悪人とここらでは有名なのだ。シャイレーンや人魚などの歌がうまいやつらを拐って売りさばいているらしい。理由はわからん。本当に売りさばいているのかもわからん。が、ここ最近たしかに歌が減った気がする。
なので、人魚に1つ条件を渡して足をやった。
「もしもだが、王子様がおまえに危害を加えようとしたらおまえは12時間後に、強制的に海に戻らされる。そういう運命なのだ。」と。
人魚は
「平気よ。あの人がそんなことするわけないもの。幸せに暮らしてくるわ。」
と言ったよ。
私は、人魚が一ヶ月帰ってこなかったことに安心と悲しみを覚えた。王子様と楽しく暮らせているなら人魚の望みは叶っているが、私は寂しいのだ。さらに歌が減ってしまって。
さて、魔女の集会に出るとするかね…
「やあ。これ最近入ったのよ。買っていかない?」
きらきらと輝く鱗。まるであの人魚の鱗のように美しい。心奪われる。
「これ、歌が入っているのよ。」
「歌?」
「人魚が最期に愛する人に捧げた愛の歌と言われているわ。私も聞いてみたんだけど、じーんときちゃった。」
「へぇ。それは聞いてみたいものだね。」
「で、どう?買っていかない?」
いいや、いらないよ。と言おうとしたそのとき。どうにも鱗のきらめきが目に入り、
「じゃあ、もらおうかね。」
と言ってしまった。
あー、またいらないものが増えた。私は魔女界でも物持ちで有名なのに。
…鱗が歌を聴いて欲しがっている。なんだか、そんな気がした。
そして、鱗に触れると…
『ああ、あなた。愛する貴方。貴方のためにこの体を捧げ、囮になります。悲しまないで。また巡り会えるから。この鱗を持っていてね。ずっとつながっていられるわ。また来世で会いましょう。』
…この歌。声。聞いたことがあるぞ。これはあの人魚の…っ!?なぜだ、死が近づけば、バラバラでも戻って来る呪のはず…
…鱗から思いがぐちゃぐちゃに伝わってくる。
そうか、王子様は財政悪化のためにお金がなくなり、命を狙われていて…それを助けるために希少な人魚として自身を売りに出たのか。
人魚は歌声を鱗に封印し、王子様に託したけれど、王子様も死んでしまい、魔女の手に渡ったのか。
ああ、足なんてやっぱり、あげるべきじゃないね。
次は同じ奴が現れたら、想いも伝えられないよう、声を奪ってやろう。人魚の誇りの声を奪われるなら、もうこんなこと起きなくて済むだろう。
あなたへの贈り物
ダイヤの指輪、バッグ、時計。
宝石、ピアス、ネックレス。
イヤリング、腕輪、服。
あれ、お気に召さないかい?なら…
キャビア、大トロ、伊勢海老。
フォアグラ、最高級黒毛和牛、すき焼き。
お寿司、天ぷら、料亭で。
フルコースさ。あれ、お気に召さないかい?なら…
ピカソの絵画、君の彫刻、葛飾北斎の水墨画。
有名書道家が書く君の名前、壺、花。
どこかの城で使われていた椅子、茶碗、湯呑み。
ぜーんぶ飾ろう。この部屋に。あれ、お気に召さないかい?なんで…?
この世の全てを書き記したつもりだ。あ、もしかしてベッドや机などの家具が欲しい?
それとも家?土地?景色?お金?立場?権力?
あなたの望む全てを贈ろう。愛ゆえに。
「要らないわ。」
…僕は振られた。全てをあなたに贈るつもりだったのに。あなたが望むものを贈れなかったらしい。
いったい、何を望んでいたのだろうか?
そう思い、口にした。
「私はあなたをこんなに愛しています。一生を共にしたいのです。大切にしたいのです。いったい、何がお望みですか?」
あなたは言う。
「その言葉よ。」
羅針盤
この海を一人漂って1週間は経つ。流木を集め、マッチで火を起こし、魚を釣り、食う。ちょっと遠い島に出かけるからと、生活用品を袋にまとめておいてよかった。
今どこにいるのかわからない。地図を忘れてしまった。とりあえず、北に向かうことにする。
さみしい。さみしい。人肌が懐かしい。
さみしい、さみしい。
今日は、俺と同じような状況の船とたまたま合流した。ソイツの船は、ボロボロで今にも壊れそうだったので、木材としてばらせるとこはばらしたあと、捨てた。ソイツを乗せてあげることにした。
2人分の飯を作るのは大変だ。俺は適当でいいが、ソイツはどうにも苦手らしい。しっかりと処理をしてあげた。俺はしていないが。
陸に帰るため必死で船をこく。1時間ごとに交代して漕いだ。一人では心細いが、2人もいるおかげで気持ち的には二倍だ。
どうにも、ソイツは力が弱く、俺が見る限りほとんど進んでいない。まあいいか。
2人で羅針盤が指す方向を見る。陸が見える!ついに俺…ぁっ!ついにっ…!
波に揺られ自然の一部と化した自分を、ついに文明へと、人間へと戻るときがきた。
いままでありがとう、この小さな船よ。そしてさようなら大きい海よ。
…と、漂流した船の日記帳には書かれていた。
船には日記と釣り竿などの生活に使ったらしきものをまとめた袋と、腐った焼き魚が乗っていた。まるで誰かに食べさせるために用意したのではないかと思うほどしっかり処理されていた。だが、人など乗ってはいなかった。
羅針盤は、ただひたすらに北を指していた。
明日に向かって歩く、でも
小学校を卒業してから2年は経つ。今年から受験生。中学に入った瞬間、時の流れが急に速くなった。親友と別れた悲しみを忘れられるくらい、たくさんのことがあった。不登校になった友達もいた。
小学生のときなんか、永遠に小学生が続くような気さえしていた。でももう、大きな大人の階段を登らなくてはならなくなった。
小学生がどれだけ楽だったかを思い出す。幸せだったかを思い出す。楽しかったかを思い出す。
中学生でどれだけ苦しんだかと思う。辛いと思う。つまらないと思う。
けど、新たな出会い、出来事でそんなことは全部日々に溶けていった。
私は明日に向かって歩く。でも、たまにはこう、俯瞰するのもいいかもね。
アルバムをそっと戻した。戻す瞬間、アルバムからひらりと一枚の写真が床に落ちた。その写真には、別れた親友と懐かしい先生と私が写っていた。