題名『お酒』
(裏テーマ・君と出逢って)
君と出逢って、僕は変わった。
君と出逢って、世界は変わった。
君と出逢って、人生までが変わっちまった。
君と逢うたび僕の名前も変わる。
酔っぱらい、呑み助、のん兵衛、酔いどれ、アル中、クソ人間、死んじまえ。
初めて君と出逢ったのはかなり幼い頃で、お正月の父のお屠蘇を少しだけ舐めた。酔った父がふざけて僕がどんなリアクションをするか楽しもうとしたんだと思う。そのあと母に父はこっぴどく叱られていたが、僕はその美味しさに感動していた。
もう少し大きくなると、やはり父がビールを勢いよくコップに入れて泡があふれそうになると僕にビールが溢れて勿体ないから泡を飲んでくれと言うようになった。
いつしか僕はそれを期待して、父の晩酌の時はそばにいることが増えた。
二十歳の誕生日。
家族のみんなとビールで乾杯をした。
お酒が隠れないで?飲めることが嬉しくて、大人になった実感がした。
ビール、日本酒、焼酎、酎ハイ、サワー、赤ワイン、白ワイン、ロゼワイン、ウイスキー、ブランデー、水割り、ハイボール、カクテル。
とにかく、いろんなお酒を飲み比べしていった。
それから気づいた。好きだけどアルコールには弱いことを。それが悔しかった。酒豪に憧れた。
スポーツを観て、勝てば祝杯で飲んで、負ければ憂さ晴らしに飲んだ。
恋をして、いろんな味も覚えた。
心が辛くて苦しい時は、お酒で体を苦しくすると、体の苦しさが心の苦しさより勝ることも知った。
そう、知ってしまった。
大切な人を亡くしてからお酒を飲み続けてる。
君は、お酒のような人でした。
初めて出逢った時から特別でした。
それからはゆっくり必要な人になりました。
喜怒哀楽、いつも二人で分かち合い、共鳴していた。
そして、あの日から、
君はお酒になりました。
だから今夜も僕は、お酒に夢中です。
働く気力も何も無く、ホームレスのように彷徨って、通りすがりの人は僕を遠回りしてゆきます。
先日、娘からは「死んじまえ」と言われました。
君を飲める間は死にたくありません。
今は小説というラブレターを書いてます。
君を飲んで、君を思い、君を綴る。
君なしじゃ生きれません。
助けて下さい。
題名『再会』
(裏テーマ・耳を澄ますと)
耳を澄ますと、サクッ、サクッ、カカカ、カカカ、まな板の上で包丁がリズムを奏でる音がした。
俺はベッドでまどろみ、夢と現実のブランコに乗り、まぶたを開けることを必死に我慢していた。布団を引き寄せ頭まで覆い、部屋と扉1つで区切られた台所の様子を想像した。
お母さんが朝食を作ってるのかな、キャベツの千切りとソーセージと目玉焼きかな、半熟がいいけどお母さんはいつも焼き過ぎるんだよなぁ。
「そろそろ起きなくていいのー!」
ん?、あれは姉の声だ。
いつもは我が家で一番の寝坊助なのに珍しい。
もしかしたら彼氏に会うのかな、そういえば彼氏にお弁当を作りたいって言ってたなぁ。
「学校、遅刻するよー!」
あーあ、姉はうるさい。お母さんなら優しく起こしてくれるのに。でも起きないとヤバイかな。
俺は大きく伸びをして、布団から頭を出して大きく空気を吸った。そして、ゆっくりとまぶたを開いた。
そうした…つもりだった。
そこは病院の集中治療室のベッドだった。
そうか、俺は97歳の老人で自宅で意識をなくしたんだった。まだ意識があるうちに救急車だけは呼んでいたっけ。
一人暮らしの独居老人。もしかしたら孤独死してたのかな。
両親は40年前に亡くなっている。
姉も10年以上前に亡くなっている。
それでも姉の声はまだ覚えていた。両親の声は忘れて思い出せなかっなことが悲しくて涙が溢れてきた。
俺が中学生で姉が高校生だった五月の思い出が、生死を彷徨っている時になぜ現れたんだろう。
俺にはいろんな管や機械が繋がれていた。
その中に、サクッ、カカカと音がする機械があった。あれは何だ?…分からないけど、あの音が台所に立つお母さんを連想させたんだろう。
助かったのか、死ぬのかも分からないが、97歳でも俺は夢の中では中学生に戻っていた。
そうだ、心は歳をとらない。
年齢とは自覚と意識の世界なので、それを忘れたら子供になることも簡単なようだ。
今日は、こどもの日か。
まぶたが重くなってきた。また眠ったら子供に戻れるのかなぁ。今度はなんとか、お母さんの声と顔が見たい。
再会が天国じゃないことを俺はまだ、強く願ってた。
97歳でも、まだ生きたいんだ!
題名『私をさがして』
(裏テーマ・二人だけの秘密)
高校の教師を定年退職して妻との二人暮らしの余生を楽しんでいたある朝、台所のテーブルの上に私宛の手紙が置いてあった。
「その手紙の差出人の名前、教え子じゃない?」
妻の言葉が気になり確かめると数年前に卒業した高坂蘭だった。
「そうだけど、何でお前が知って、る?」
妻はその言葉を待ってたように話しだした。
「家まで訪ねてきたことがあったの。かなり深刻そうな顔をしていたけどあなたは留守で、でも帰り際に来たことは言わないで欲しいって頼まれて」
「へぇー、そんなことがあったんだ、何の用事だったんだろう」
「それがね、卒業してからも1回あって、一昨日かな、今度は電話があったの。でもいつものようにあたなには言わないでって言うのよ。すごい気になっていたら…手紙でしょ、ねぇ、早く読んであげた方がいいんじゃない?」
私は手紙の封を開けながら実はドキドキしていた。
けっしてやましいことはなかったが、担任と生徒だったある放課後に彼女だけ教室に残っていたときがあって、
「なんだ、まだいたのか、早う帰れー」
そう言うと、急にクラスの男子の中であるエロ動画が流行ってて先生も見てるの?って言いながら近づいてきて、
「先生、好き!」
そう言ってニコリと笑ったと思ったら、私のほっぺにチュッてキスをしてきた。
私が硬直してる様子を存分に楽しんでから、
「二人だけの秘密…ね」
そう言って教室から出ていったことがある。
翌日からもいつも通りで、私は夢だったのかと思うようになっていた。いや、そう思うように努力した。あれは遊びで生真面目な私をからかったのだ。
高坂蘭は、そういうところがある生徒だった。
「ねぇあなた、彼女は県外に就職したんでしょ?」
「うん、叔父さんの会社があってそこへ」
手紙は印刷された紙が2枚入っていた。
内容はびっくりするようなものだった。
母親が殺され、父親が犯人として指名手配されていて、彼女は飛び降り自殺をしたが奇跡的に助かり今は病院に入院していることなどが書かれていた。
しかし、最後にこう書かれていた。
父親は犯人じゃなく、自分も自殺していないと。
私のまわりはみんな嘘つきで誰も信じられない、とも。
実は私は警察官から教師に転職した。
捜査一課のときに犯人に撃たれて日常生活は問題ないが足が不自由になり、思い切って転職したんだ。
高坂蘭はそれを知っていて、事件が起こる前から相談したかったのかもしれない。
と、言うことは、事件の背景はこの町にあるのかもしれない。
「あなた、どうするの?」
手紙の最初の文面に少し違和感があり、じっと見ていて気づいた。横書きの文面の左端を縦に読むと「私をさがして」と読めるのだ。どういうことなのか?
「とりあえず、高坂蘭に会ってくる」
私は、嫌な胸騒ぎがした。
「あなたなら、そう言うと思ったわ。刑事は天職だったものね」
とても悲しい物語が私に最後に言う言葉は、
「二人だけの秘密」なのだが、私はそこへ急いで出掛けた。
詩『腐りかけの乙女』
(裏テーマ・優しくしないで)
キム・スヒョンさまーって夢中だった老婆が、ある日からヴィランズの魔女になる。
て、ファンタジーの世界じゃなくて現実ね。
もう50才を過ぎて、老後とか年金とか持病のはなしばかり会う友達としてた。私はもう恋愛もずっとしていない。
これでも若い頃はイケイケでけっこうモテた。
親の介護をしだして恋は忘れた。
独身の行き遅れのババア。
数年前に両親も亡くなったけれど、私の心は勘違いしててまだ若いらしくクソジジイたちは気持ち悪い。かと言って若い人が私を好きになる可能性がないことは分かる。だからすべてを諦めて、涙の女王のキム・スヒョン様に今は夢中だったのです。
そうなのです。
諦めても恋はしたいのです。
ババアでも腐りかけでも恋心はあります。
先日、バイト先の上司が移動になり若い正社員の男性がやってきたのですが、なんと知っいる人でした。
母が利用してたデイサービスのスタッフで当時はまだ20代前半?で青年でした。でも熱心で優しくて、私と話が合うのか合わせてくれていたのか分かりませんが会うと会話がいつも盛り上がって介護の辛さを少しだけ忘れられました。
その後に実は転職され結婚もされていて、今回移動でこの町に戻ってきたようでした。
十年以上も歳月は過ぎているのにずっと友達だったように会話がスムーズにできた。
彼は初めて来た慣れない職場で私を頼ってくれるようになっていきました。
昼休みは一緒に食べることも増えた。
ある日、ぽつりと離婚の話を聞いた。
奥さんからそんな話をされているようでした。
実は今度の休みに二人でデートです。
彼の友達に赤ちゃんが生まれたので、お祝いを買いたいからと一緒にお店に行ってアドバイスすることになったのです。ドキドキしてる。
あ、奥さんは仕事だと言ってた。
20才くらい若い男を妻から奪う熟女?って、口に出してみるとドラマっぽくてすごい。でも私だからヒロインじゃなくて、悪役だね。白雪姫なら老婆に化けた魔女だ。
妄想は終わり。
叶わない恋。こい?…恋なのかな?
でも、デートの日、シャワーを浴びて、高いシャンプーの試供品を使用して、髪のセットも久しぶりに本気を出して、化粧も明るい窓辺に移動して真剣になって、洋服選びも若い頃に着ていたものまで出して気づけば2時間くらいファッションショーしてる。
私、乙女だわ。
「待たせた? ごめんねー」
そう言って手を振ると急にその手が恥ずかしくなりぎこちなくなる。
「いや、ぜんぜん。それより今日はすみません、せっかくのお休みに僕の用事に付き合ってもらって」
そう言って笑う顔はかなりカッコいい。
私は舞い上がって駐車場の車止めに躓いてコケそうになった。するとサッと私の手をつかんで次に背中を支えて助けてくれた。
「すみません、もうおばあちゃんだから足腰が弱くて」
私は変なハイテンションで変なことを言ってしまったら、
「おばあちゃんなんて冗談でも言わないで下さい。僕の綺麗だと思うものを否定されたら本気で怒りますよ」
彼にそう言われた。
心の中で、優しくしないでってつぶやいた。
これは本気になる、やばいやつだ。
ってか、こいつは恋愛詐欺師で私は被害者って関係になるのかなぁってことまで考えた。
腐りかけの乙女の恋心は、高層ビルの屋上のふちでダンスを踊り始めた。
詩『10キロの契約』
(裏テーマ・カラフル)
今日は少ないバイト代から奮発してピンク色のカーネーションの花を1輪とぼた餅を1個買った。
5月2日。母の命日だ。
あれからもう一年が立った。
ゴールデンウィークが始まる前に一周忌の法要は一人ですました。そう、いつも私たち母娘は二人きりでした。父も祖父母も親戚もいない。その理由を母は絶対に話さなかった。
子供の頃は知りたかったけれど母の態度を見てると知らない方がいいんだと思うようになっていた。
母は脳出血であっけなく死んだ。
何か私に言い残すこともあったかもしれないのに、一度も目覚めることもなく死んだ。
命日の今日は仕事も休んで、墓がないのでアパートに置いてる母の遺骨にカーネーションとぼた餅をお供えして、やはり母の好きだった韓国ドラマを一緒に観ようと思っていた。
ぼた餅を買った商店街からアパートまでの帰宅途中に1箇所長い階段がある。そこの上に来た時に急に背中を押された。
「きゃっ!」
私の目の前にいたコワモテのおじさんを反射的にすがるように押してしまった。すると勢いよく転倒してコロコロ転がり階段の下まで転げ落ちた。
「すみませーん」
私の背後からおじいさんの声がする。たぶん私を押した人物だが背は低く優しそうな人だった。転がり落ちたおじさんは血だらけで死んだと思ったがすぐに立ち上がり、こちらに向かって手招きしていた。
三人で近くの喫茶店にはいった。
おじさんには病院に行くように勧めたがとりあえず話し合いをしたいと言われたのだ。
そのおじさんだがヤクザだとわかる。その気配がぷんぷんなのでたぶん私の人生が終わると思った。このまま借金地獄で風俗で働くことになるんだと思っていた。警察に逃げ込むことも考えたり頭は混乱していた。
「姉ちゃん、俺は怪我したから、俺の仕事をあんたがしてくれないか?」
いきなりの訳の分からない話で目をパチパチさせていると、
「俺はヤクザでも暴力団でもない。ただの何でも屋だ。ただな、そこに変な仕事がきたんだ。1億円の現金をぜんぶ使って欲しいって言うんだ。詳しくは言えねぇが身元は確かめたし犯罪の金でもない」
そばにいたおじいさんが口を開いた。
「だったらどこかの施設に寄付すればいい」
すると、
「あははは、俺も寄付や馬券でって思ったがそれは駄目だって言うんだ。条件は県外を旅しながら旅の宿泊費や食費や観光の必要経費に限るって言うんだ。その旅の写真と感想を定期的にメールで依頼者に送る約束だ」
このあと、おじさんは病院に行き、よく普通に歩いていたと驚くほどあちこち骨折していた。
母の命日に起こった変な話し。
いろんな人の思惑や思いや悪意も交錯するのですが、今は話せません。
でも、貧乏な生活しか知らない私には別世界の旅になりました。それまでの人生がまるで無色透明だっように感じます。お金の魅力に気づいてしまったのかもしれません。すべてがカラフルにみえるなんて、旅を終えたあとが怖くなります。
ちなみに1億円は10キロの重さです。
その現金を持っての旅でトラブル?はいっぱいあります。
それから、気付いている方もいるでしょう。
私はずっと後で知りますが、階段の上で私を押した老人が依頼者です。
そして、すべては私の相続に関する問題が絡んできます。
また、お話できる日まで。