題名『再会』
(裏テーマ・耳を澄ますと)
耳を澄ますと、サクッ、サクッ、カカカ、カカカ、まな板の上で包丁がリズムを奏でる音がした。
俺はベッドでまどろみ、夢と現実のブランコに乗り、まぶたを開けることを必死に我慢していた。布団を引き寄せ頭まで覆い、部屋と扉1つで区切られた台所の様子を想像した。
お母さんが朝食を作ってるのかな、キャベツの千切りとソーセージと目玉焼きかな、半熟がいいけどお母さんはいつも焼き過ぎるんだよなぁ。
「そろそろ起きなくていいのー!」
ん?、あれは姉の声だ。
いつもは我が家で一番の寝坊助なのに珍しい。
もしかしたら彼氏に会うのかな、そういえば彼氏にお弁当を作りたいって言ってたなぁ。
「学校、遅刻するよー!」
あーあ、姉はうるさい。お母さんなら優しく起こしてくれるのに。でも起きないとヤバイかな。
俺は大きく伸びをして、布団から頭を出して大きく空気を吸った。そして、ゆっくりとまぶたを開いた。
そうした…つもりだった。
そこは病院の集中治療室のベッドだった。
そうか、俺は97歳の老人で自宅で意識をなくしたんだった。まだ意識があるうちに救急車だけは呼んでいたっけ。
一人暮らしの独居老人。もしかしたら孤独死してたのかな。
両親は40年前に亡くなっている。
姉も10年以上前に亡くなっている。
それでも姉の声はまだ覚えていた。両親の声は忘れて思い出せなかっなことが悲しくて涙が溢れてきた。
俺が中学生で姉が高校生だった五月の思い出が、生死を彷徨っている時になぜ現れたんだろう。
俺にはいろんな管や機械が繋がれていた。
その中に、サクッ、カカカと音がする機械があった。あれは何だ?…分からないけど、あの音が台所に立つお母さんを連想させたんだろう。
助かったのか、死ぬのかも分からないが、97歳でも俺は夢の中では中学生に戻っていた。
そうだ、心は歳をとらない。
年齢とは自覚と意識の世界なので、それを忘れたら子供になることも簡単なようだ。
今日は、こどもの日か。
まぶたが重くなってきた。また眠ったら子供に戻れるのかなぁ。今度はなんとか、お母さんの声と顔が見たい。
再会が天国じゃないことを俺はまだ、強く願ってた。
97歳でも、まだ生きたいんだ!
5/4/2024, 7:06:32 PM