昨日見た猫がいなくなっている。
ただそれだけのことなのに、私だけが過去に取り残された気分になった。みれば、ついこの間蕾を付けていた桜の樹に、青々とした葉がたっぷりと実っている。
時間が過ぎるのはあっという間。新しい季節がやってきて、新しいことに慣れて、失敗して、後輩が入ってきて、注意する立場になって。
私という土台はずっと不安定のまま、背伸びして上げた5cmのヒールの踵に靴擦れを抱えたままで。やること成すことはちっとも変わってやしないのに、立場だけが変化して勝手に失望される。
もううんざりと思ったのは何度目だろう。自分よりも後から飛び込んできた稚魚の方が、余程社会の海で泳ぐのが得意らしい。
ああ、熱帯魚。鮮やかな鰭を翻して泳ぐ海の華。
25度で生きる魚に、30度のアスファルトは暑すぎた。
私にあるのはフリルを蓄えたそれではなく、棒のように突っ立った二本の足のみ。
だけれども、曲げるぐらい、休むぐらい、許されてもいいのではないか。ガラスケースに飼われる観賞魚だって、水を選ぶ権利はある。息のしやすい場所を、探しに行きたい。
あの桜が洞になる前までに、きっと生まれ変わろう。
何にも染まらないあなた。何にも染まれないわたし。
一文字違うだけで、なぜこんなにも惨めになるのだろうか。
将来の夢。習い事。友達との約束。結婚。
ぷかぷかと水面に浮く水泡のように浮かんでは消えて、性懲りも無くまた浮かんで。
赤が似合うあなた。黒が無難なわたし。
数多ある色の中で、自分のいろを選びとったひと。同じ時代に生きているのに、なぜこうまで清濁が偏るのだろう。
そう、例えば透明の水のような。
朝解けた雪水を飲んで海へと向かう水晶の欠片みたいな。
私がなりたかったのは、そういう、ただ在るだけで陽に抱かれる価値のあるもの。
色がなくてもいい。空のままでもいい。
そう言って、鮮やかな飴が透ける、砂糖細工のようなグラスにわたしの居場所を作ってほしかった。
何もないからと、零しても染みにすら成れない暗闇の床に、才能という名の水を置き去りにしないでほしかった。
春には鶯、夏には向日葵。秋には紅葉、冬は牡丹。
わたしはただ、あなたが、そう、他でもないあなたよ。
あなたに思い出してもらえる色に、季節に、なりたかっただけなのよ。