#114 愛情
特定の相手に対する深い好意。
特に慈しみの強い感情を言うらしい。
〇〇えもんの『あたたかい目』を思い出した。
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「私、思うのがさ」
「うん」
「今は成人って18歳で、子どもが6歳になるってことはさ。子育ての3分の1がもう終わったんだなって思って」
「うわー、確かに!」
「あっという間だよね…」
ちょっとしたママ友との立ち話。
入学準備をしていたら、ふと思い出して、
なんとなく自分の子育ての今までを振り返った。
子供が生まれて、いや。生まれる前から、
がむしゃに走り続けてきた。
その間に、自分の色々なものを諦めた。
子供との時間を取るために。
子供に危険が及ばないように。
お金の使い方だって変わった。
必要だと思ったから、そうした。
残念な気持ちはあるけど、
子供を想えば後悔なんて。
子供はかわいい。そりゃあ、たまに感情の折り合いがつかなくなることもあるけど…。
最近なんか、子供も大きくなってきて助けられる場面も出てきたりして。
周りには愛情を持って接してるよね、なんて褒めてくれた人もいたけど。
愛情?
これは愛情と言えるのだろうか。
とりあえず、愛情表現は大事。
乳幼児期は特に、自己肯定感に繋がるからって、かわいいって思ったときには、すぐ伝えるようにしてきた。
うーん、愛情って何だろう。
あれ、子供には愛情しか与えてはいけない?
それは、そう…
なんだけど。何か違う気がする。
深く考えるのも怖くなって、慌てて頭を振った。
とりあえず入学準備に集中しよう。
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愛情がゲシュタルト崩壊を起こす瞬間。
子育ては自分一人では出来ることなんて高が知れているのに、あれもこれもと理想を挙げ始めたらキリがありません。
特に子供が小さいうちは、世話ひとつ取っても時間のかかるものが多いため、気分転換や自分の時間が取れず、精神のバランスを崩すことも。
自分が元気でいなければ子供も本当には元気になれません。自分を大切にすることも愛情のひとつです。
#113 微熱
なんだかふわふわする。
瞬きしても、
目の前が、うまく見えない。
あついのが出ていかないで、こもってる。
体の色んなところ、ぐるぐる回ってる。
でも吐く息がやたら熱い。
シーツ冷やっこいな。
ほっぺが気持ちいい。
動けそうだけど、
このまま眠りたいな。
いいか…
もう、目蓋が重い…
「ふふ、おやすみ」
遠くに聞こえた声と、
ふわり、体に掛けられる感触を最後にして。
意識は落ちていった。
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単純な微熱なようで…
何かを感じたら、それは。
#112 太陽の下で
もう秋らしい日なんて味わえないだろう。
コロナから始まってインフル、風邪、そしてインフルと家族間で発症と看病のマラソンリレーをしながら勝手に見切りをつけていたが。
やがて全員が復帰し、明日は祝日。
病み上がりでもあり、仕事の疲れは溜まっていたが「お出かけしたい」という子供のリクエストには応えたい。
折しも、最高気温も高めで晴れの予報が出ていた。
やってきたのは、動物園。
妻が人混みを嫌がったのと、混んでいてもそれなりに見られるだろうという判断だ。
出発したときは冷えていたが、日が高くなるにつれ子供から上着が荷物として渡される。嵩張っていくもののサイズが小さいから軽い。
少し予想はしていたが、一番はしゃいでいたのは妻であった。曰く「みんなで出かけるのが久しぶりで楽しい」と。
子供にリクエストされるまでは家でゴロゴロしようと言っていたくせに。それも、こちらの体調を気遣っての発言だろうが。
目ぼしい動物を見終えた頃、
ふと空を見上げた妻が「秋?これって秋?」と尋ねてきた。つられて視線を移せば晴れ空はうろこに近い雲が広がり、周囲で紅葉も見られ、遠出して動物園に来ている。こんな行楽日和の季節は正しく秋である。
なので肯定して返せば、
「そっか、行楽日和。うん、秋だね」
妻は子供に危険がないか、ちらっと確認して、また空を見上げていた。
「ありがとう、連れてきてくれて」
しばらくして満足したのか、そんな風に言ってくる。
「いや。こっちこそ、ありがとう」
いつものように返した。
暖かな太陽の下、歩き通しで火照ったた体に、爽やかな風が気持ちいい。
#111 セーター
私は寒かった。
しかし同じ部屋にいる人は平気そうに見えた。
暖かくして欲しいと思ったが、何と言えば良いのか分からなかった。
ふと外を見ると、
セーターを持った人がいた。
その人は私に気づくと話しかけてきて、着せて欲しいと頼めば着せてやると言った。
少し迷ったが、私は言う通りにした。
そして今までいた部屋を出た。
初めて着たセーターは暖かい。
置いてきた人の顔は、見なかった。
新しい部屋は、なんとなく狭かったけど、寒くないのが良かった。
私は言われるままに過ごした。人肌の温かさを知った。
そのうち、セーターがくたびれてきたので、新しいのが欲しいと言ったがくれなかった。
セーターを返し、私は部屋を出ていくことにした。
外は、これまでになく寒かった。
だけど部屋が寒いのも、
草臥れたセーターを着るのも嫌だった。
仕方ないので行くあてもなく歩き続けた。
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セーターをセーターとして書けない件。
セーターのメンテナンスは欠かさずにしましょう。
穴があいたって、毛糸を使えば繕うこともできます。
過去の交際相手が学生時代に着ていたセーターを、くれると言うのでもらって着た経験が元ネタ。
#110 落ちていく
あの時の悲しみに
落ちていく
部屋の隅っこ
膝を抱えて
目は見開いて
それでいて
何も映さず通り過ぎていく
体は現実の中に生きているのに
頭の中のイカれた8ミリフィルムが
ふざけた走馬灯を作り出す
見たくないと思うほど鮮明になっていく
アリジゴクの罠に嵌ったように
戻らなければと藻搔くほど
落ちていく心、止められず加速して
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悲しみの記憶は『思い出す』行為を繰り返すほどに強固に定着していきます。
牛の反芻と一緒ですね。戻しては噛み砕いて心に吸収させているんですから、辛くて当たり前です。
滑稽に見えるかもしれませんが、本人は飲み込めば消えると信じて必死なんです。