今日も仕事疲れた。
こんな日はサッカーでも見ながら、キンキンに冷えたビールで喉を潤したいな…などと週末の密かなる野望を胸に玄関前に立つ。
すると、君の声がする。
いや、君の大声がする。
いやいや、君の大絶叫と大怒号がする。
時折、蚊の鳴くような娘の声も混じる。
oh…
私は即座に週末の野望をかなぐり捨てて、さっと踵を返し、とぼとぼと君の声がしない所まで避難した。
——— 君の声がする ———
付き合いが長くなればなるほど、おざなりになるよね。
なんなんだろうね、あの言ったら負けみたいな感じは…
逆に、そういった空気感のある現場ほど声に出して言ってみたらば効果あるんやろうね。株も上がるしね。
わかっちゃーいるんやけど、なかなか素直に慣れない自分がいます。ホント器ちっちぇーな私って思って嫌になります。
あとさ、ありがとうの言葉のテイスティングは不要だよね。
咀嚼して味わうだなんてナンセンス。
いただいたありがとうは、四の五の言わずに丸呑み嚥下でゴックンした方が絶対に美味しくいただける。コレはガチ。
——— ありがとう ———
普遍単位の使い分けという学習指導要領を盾に、無理矢理矢面に立たされている君にそっと伝えたい…
「キミのヨーロッパでの活躍は知ってるよ!だから元気を出して!デシリットル君」
——— そっと伝えたい ———
またやってしまった。
連日の飲み会で調子にのったせいで体重が3kg程増えてしまった。
後数ヶ月もすればアウターの無い季節に突入してしまい、体のラインが白日の下に晒されてしまう。
やばい。やばい。やばすぎる。
心配になってきた。
去年買ったお気に入りのブーツカットデニム…入るかな?
クローゼット内の箪笥に納められているブツを急いで引っ張り出し試着してみる。
はうおあ!?
し、閉まらん。マジか!
お腹…ボタン一つ分くらい生地が足りひん!
ももパンパンでボンレスやん!出荷されてまうやん!
嘘やろ、嘘や、こんなん嘘やって…
関西人でもないのに関西弁が出てしまうくらいの衝撃の展開。
前が開いたままのブーツカットデニムを穿いたまま、一階のリビングのソファーに腰掛け項垂れていると、カチャリと扉の開く音が聞こえた。
「お!いいね!ベルボトム」
「ぁ…ぉかえりぃ」
「どうした?なんでそんな死にそうなツラしてんの?」
「コレ…」
閉まらないブーツカットデニムのボタンを指差す。
「あらららら」
「どうしよう。春はもうすぐそこまで来てるのに…」
するとパパは急に真面目な顔つきになり、あたしの目を見据えてこう諭した。
「未来の記憶を改ざんしたいのならば、今やるべき事を後回しにせずに全力で取り組むしかない」と。
「記憶を…改ざん…」
「そう。未来の記憶をより良いモノにしたいのであれば、今動くしかないのよ、結局」
「確かに…」
「若しくは、どデカいバックルで茶を濁すかの二択!」
パパはそう言いきった。
後者の方がとても魅力的に感じたけれど、でもやっぱり未来は自分で創っていくものだし、変えていくものだと気づかされた。
いつもはおちゃらけてるクセに、たまに核心ついてくるから困るしホント助かる。
「よぉーし!今からランニング付き合ってよ!パパ」
冷蔵庫から取り出したビールを勢い良く喉に流し込む未来を奪われたパパは、少し悲しげで物憂げだった。
——— 未来の記憶 ———
「なんであたしの名前はカタカナでココロなの?」
家族団欒の時間に娘が唐突に切り出した。
「苗字との兼ね合いで、画数に窮したの?」
娘は続ける。
まあ、当たらずしも遠からずってところだが、安直に返すのも何だか癪だったので、少しばかり答えに捻りを加えた。
「心だけでも、ずっと踊ってて欲しいじゃん?」
「はい?」
「だから、世の中は楽しいことばかりじゃなくてさ、辛いことや悲しいことも沢山あるけどさ、そんな世知辛い世の中にあっても、楽しく心踊るような日々を過ごして欲しいっていう親心よ」
「答えになってなくない?あたしは何でカタカナでココロなの?って聞いてんの!」
「んじゃ〜さ、心って字が踊ってる姿を想像してみ?」
「字が…踊る…」
「そんでさ、次にココロって字が踊ってる姿を想像してみ?」
「…」
「機嫌よく踊ってたのはどっちの字よ?」
「…ココロ」
「だろ?ココロはEDM辺りの軽快で重厚なリズムにのっかってノリノリに踊ってたろ?」
「…うん。フェスでタオル振り回してた」
「心はどうだったよ?」
「盆踊りしてた…」
「な?」
「うん」
——— ココロ ———