まさる

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3/4/2026, 8:28:12 AM

よく、物語で『花言葉』とか、
それが意味する内容が、
ストーリーに華を添えることがある。

『カクテル言葉』というのもある。
例えば、
ブルー・ムーン というカクテルは、
「出来ない相談」「奇跡の予感」
という意味がある。

酒場でしつこい求愛をする相手に、
そっとブルー・ムーンを差し出すとか、
とても大人な雰囲気である。

まあ、意味分かってない相手だと、
「あっ、おごり?ありがと~美味し〜。それでさ〜」
と、自分に気があるから「おごってくれた」と勘違いするかもしれない。
知的な人かどうか、そして、空気を読める人かどうか、知りたければ良い方法かもしれない。

先日、
夜景の見えるオシャレなBARで飲んでいる夢をみた。
青いドレスの美女が、
カウンターの一番奥の席に座っていた。

私はカクテル言葉で、
美女と会話していた。

美女からマスター経由で、
キールというカクテルが私に届く。
「最高のめぐり逢い」「陶酔」
という意味である。

私は美女に、
カシス・ソーダ を返す。
「貴方は魅力的」

そんな、キザッたい大人のやりとりをしばらくしていたのだが、
最後に美女から届いたモノに、
私は驚いた。

「あちらのお客様からです」
とマスターがカウンターから取り出したのは、なんと『とんこつラーメン』だった。

ラーメン言葉なんて知らない。

3/3/2026, 4:33:57 AM

私が中学生時代、
「これはいくらなんでも、配慮なさ過ぎだろ」
と思った事がある。

それは検尿検査の時である。

透明な小さな容器へ、
採取した尿を入れて、専用の紙袋にしまって、学校に持っていった時である。

そこまでは良かったのだが、
当時の教師は何を思ったのか、
透明なビニール袋を二つ、黒板の前にマグネットで止めて、
「検尿集めます。ここに紙袋から出して入れるように」
と言ったのである。
黒板に「男」「女」と書かれたところに、ビニール袋を放置しておいて、後で教師が集める方式だった。

思春期の私はびっくりしたものだ。
「え?紙袋のまま集めるんじゃないのか?」
という疑問があったが、当時はなんの知識もなく、教師に従った。
(スマホなんて無い時代である)

クラスの男女が、
どんな色の尿を持ってきたのか、丸見えだった。しかも、透明の容器にはマジックで苗字を書かされた。

容器に名前を書くように言ったのも、
その教師だった。
専用の紙袋に書いてあるのに、
わざわざ容器だけ回収したのである。

そんなことは知らされていないので、
当然、書いてきてない生徒が大半だった。
紙袋から取り出して、油性マジックで書いていた。

専用の紙袋はどうしたのか覚えていない。

それが放置され、溜まっていく。
誰でも目につく黒板の前に、
誰が入れたかも分かる。
べっこう色の尿が積もっていった。

はっきり言って狂ってる。

当時、教師が勘違いしたのか。
古い人間が「自分の時はこうだった」
という流れでやったのか。
定かではない。

2/27/2026, 10:59:14 AM

「近所の山田さんの奥さんが亡くなられた」
と母が夕食の時に言った。

山田さんは、共に七十過ぎの老夫婦であった。奥さんは老人ホーム入居中に亡くなったそうだ。

「仲睦まじい夫婦」とは言えず、
旦那さんは口が悪く、いつも大声で奥さんを罵倒していたという噂をよく耳にした。
暴力は分からないけれど、
近所付き合いは良かった夫婦なので、
そんな噂は無いと母は言う。

まだ身体に不自由の無かった頃の奥さんは、いつもビクビクしている様子だったらしい。

いつしか、痴呆症が進み、
老人ホームに入居することになった。

近所の人達は、
「あの口の悪い旦那のせいで、ボケたんじゃないか?」
「毎日あんなに罵倒されてたら、そりゃね〜」
と口々に言っていたそうだ。

しかし、
「奥さん。なんにも分からなくなってたそうだけど、なんとなく、この人の近くにいるのが当たり前と思ってたみたいで、旦那さんの側から離れようとしなかったみたい」
と母が言った。

よく、畑仕事の時に、
ちょこんと旦那さんの隣に座る奥さんを見かけた近所の人がいたらしい。

私は婚期を逃したので、
夫婦関係というものがよく分からないけれど、そんなシーンをイメージすると、
「なんか良いな〜」と思う。

来世に結婚できたら、
罵倒とかしない旦那さんになろうと決意した。

2/26/2026, 1:37:00 AM

終わった物事や
変えられない過去に囚われて
憂鬱になる日がよくある。

例えば、
押し売りをしてくる
しつこくて嫌なヤツがいるイメージ。
「相手にしなければ」
大抵はあきらめて去っていくのだけれど、
「えっ?自宅まで来んの?」
という、しつこいヤツがいる。

その場合、
「待合室でお待ち下さい」
とヤツに伝える。
考えを一旦、保留扱いにするイメージだ。

小学生の頃に勉強が出来なかった人なら、
分かるかもしれない。
「あとでやる」
と言って、他の楽しいことを優先して、
結局やらない。
おろそかにするイメージだ。

もちろん、
勉強はおろそかにするべきではない。
ココで重要視したいのは、
「相手にしない方法」である。

勉強は自分のためになる事なので、
相手にしないのは
「自分のためを想ってくれているひと」
をないがしろにする行為になる。

自分でもよく反省してます。

「あとで話しを聞きます」
とすれば、相手も
「あっ、自分のこと相手にしてくれてる」
と思うので、反発してこない。
自分はその間に「今」やるべきことを
やればいい。
優先してやるべきことを紙に書いて行動すればいい。

すごく嫌いな人に対して、
一番残酷な行動は
「相手にしないこと」だが、
さらに「待合室でお待ち下さい」は
相手に「自分のこと考えてる」と
思わせておいて、そのまま忘れる。
という、「これでもか」というくらい
残酷な行動である。

人なら逆ギレするかもしれないが、
憂鬱なイメージなら、
自分に物理的損害は与えられない。

憂鬱なイメージをマトモに相手にしてしまった場合、イライラして物や人にあたる事になるので、壁を殴ったら手を痛めるかもしれないし、人なら人間関係は崩壊する。
へたしたら殴られる。

この世で一番の復讐は
「自分が幸せになること」。

分かっているようで、
分かっていない自分がいることに
苦労する毎日である。

2/20/2026, 3:10:05 PM

今日、
地元の県民公園を歩いた。

園内に大きなレクリエーションプールがあるのだが、私にとっては思い出深い場所である。

小学生の頃、
毎年夏休みに通っていたプールだ。
歳の近い親戚の子や、仲の良い友達と遊んでいた。
人生で一番楽しかった瞬間である。

考えてみれば、
たかだか6年間くらいの出来事だったのに、
すごく濃く脳裏に焼きついているものだなと思う。
今現在からの6年の時の流れなんて、たいして覚えていない。

あの頃の親戚の子とは、祖母の葬式以来会っていない。もう15年くらい経つ。
あの頃の友達とは、疎遠になって会っていない。もう25年くらい経つ。

と、2月なので、当然閉場中のプールを柵越しに眺めながら想いを馳せた。
まさか、あの頃の自分が、木々の枯れた季節に、落ち葉広がる水のないプールを眺めてしみじみしてるなんて思わないだろう。

あの頃の自分にとって、
今の自分は、かなりの未来人である。
なんでも知ってる存在なのに、
なにも知らなかった存在である。

今ここは未来でもあり、過去でもある。

どんな自分が、どこで何を思って、
今の自分を見つめているのか。

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