「ねえねえ、これ知ってる?」
休み時間、隣の席の子に話しかけられる。
「ああ、影絵あそびのキツネだよね」
「うん、そう。知ってるんだね」
俺が知っていたことがうれしいのか、その子はにこにこ笑う。
「小さい頃にやったことあるよ、懐かしいな」
「懐かしいよね。でもこの前、小さい頃にした遊びの話になってこれを言ったら、知らないって人がいたんだよね」
「へえ、そうなんだ」
授業開始のチャイムが鳴り、会話はそこで終わったけれど、俺は影絵遊びをしていた頃を思い出していた。
「これと、これを合わせると何かに見えない?」
「うーん、どうかなぁ」
小さい頃よく遊んでいた女の子。確か、兄貴の友達が連れて来てた妹だった。兄貴たちは兄貴たちで遊んでたから、俺がその子の相手をしていたんだった。
「あの子、今はどうしてるんだろうな」
俺のこと、覚えているだろうか。なんとなくその子のことが気になり、家に帰ったら兄貴に聞いてみようと思うのだった。
授業中、ななめ前に座るキミの背中を見ていた。
振り返られたら困るくせに、こっちを見ないかな。って思いながら。
キミのことが好きだって自覚したのはいつだっただろう?
気づけば、キミのことばかりを見ていた。
そんなある日、キミに用事があり話しかけると、キミは顔をほんのり赤くし、俺から視線をそらしたのだ。
ただ、恥ずかしかっただけかもしれないし、人見知りなのかもしれない。けど、キミがそういう人だとは聞いたことはない。
もしかしたら…俺は物語の始まりを予感し、胸を高鳴らせたのだった。
「これ、追加で今日中に頼む」
「はい、わかりました」
課長に書類を渡される。
「さて、どの順で処理しようかな」
渡された書類の内容を確認し
「よし、やるか」
俺は腕まくりをすると、パソコンに向かった。
「もう終わったのか?」
「はい、確認をお願いします」
頼まれた仕事を終え、確認してもらうため課長のデスクに行くと
「うん、良くできてる。仕事は早いし、ミスもほぼない。キミに頼んで良かったよ、ありがとう」
書類を確認した課長に褒められる。
「ありがとうございます」
「けど、キミばかりに頼んでしまって、すまないね」
申し訳なさそうに課長に言われ
「いえ、もっとお役に立てるように頑張ります。私で良ければいつでもお声がけください」
笑顔を向けると
「そうか、悪いな。これからもこの調子で頑張ってくれ」
「はい」
ホッとした顔を見せる課長に、俺は一礼して自分のデスクに戻った。
課長には、役に立てるように頑張る。と言ったが、俺が頑張るのは役に立ちたいからではない。1日でも早く昇進したいから。
「昇進できたら、すぐにでも…」
付き合っている彼女にプロポーズしたい。
俺はその想いを叶えるため、静かな情熱を燃やすのだった。
「ん?」
月を背に、バイクで海岸沿いを走っていると何やら聞こえる。
「何だ?」
邪魔にならないところにバイクを停め、ヘルメットを外すと
「私も……」
やはり、何か聞こえる。
「何を言ってるんだ?」
遠くの声に耳を澄ませると
「ありがとう。絶対に、キミを幸せにします」
かすかに、そんな声が聞こえる。
「ああ、もしかして、海でプロポーズかな」
そんなに大きな声で言わなくても。と思わなくもないが、大きな声で伝えたい想いがあるのはうらやましいな。とも思う。
「俺にもいつか…」
大切な人ができるといいな。と思うのだった。
「あー、出会いないかな」
公園のベンチに座り、キミは深いため息を吐く。
「別れたばっかなのに、よく次にいこうと思えるよな」
つられたように、俺も深いため息を吐く。
「だって春だよ?春なら新しい出会いがありそうじゃん。春恋したいな」
「…春恋ね」
彼とケンカして別れたから。と、憂さ晴らしに付き合えとキミに言われ、公園に来たわけだけれど。
「興味なさそうだけど、彼女いないんだよね。春恋したくならない?」
俺達は家が隣同士の幼なじみだから、俺達が話さなくても親情報である程度のことは把握している。だから、俺に彼女がいないことも知っているんだろう。
「俺は、別に」
「ふーん、そっか」
聞いたくせにどうでもいいのか、俺から視線をそらし、キミはジュースを飲んでいる。
「俺はずっと、キミのことが好きなんだ」
そう言えたら、俺達の関係は何か変わるのかな。
でも、憂さ晴らしに付き合わされるだけだとしても、キミと会えなくなるのは辛い。
俺の覚悟ができない限り、俺の春は遠そうだ。