「ただいま」
玄関を静かに開け中に入ると
「おかえりなさい。遅くまでお疲れさま」
キミが笑顔で迎えてくれる。
「こんな遅い時間まで、起きて待っててくれてありがとう」
時刻はもうすぐ0時。普段なら寝ている時間だ。
「ちょっとうたた寝しちゃったけどね。おかえりって言いたくて」
あはは。と笑うキミに心が温かくなる。
「疲れたでしょ。お風呂に入浴剤を入れてあるから、ゆっくり温まってきて」
「入浴剤?」
今まで入浴剤は入れたことがないのに?
「最近、帰って来る時間が遅いでしょ。だから、少しでも疲れが取れたら。と思って、ゆずの香りの入浴剤、入れてあるから」
「ありがとう」
キミの気遣いと優しさが嬉しくて、明日も仕事を頑張ろうと思えたのだった。
どこまでも広がる大空を見上げる。
「僕が見ているこの空は、見方は違えど、どこにいても繋がってるんだよな」
そう思うことで、今は離れているキミへの淋しさを紛らわせる。
「どこにいても、この大空と僕たちの想いは繋がってる。大丈夫」
離れていることで生まれる不安を、大空を見上げることで落ち着かせている、つもりだけれど…。
「キミが見ている空は、どんな風に見えるんだろう」
夜になったら、大空を彩る星たちがキミの目にどう映るか聞いてみよう。
淋しいから。という理由を隠し、キミに電話してみようと思った、
電車の発車ベルが鳴ると、キミとの時間が終わる。
「またね」
「うん、気を付けて」
それまで繋いでいた手が離れると、楽しい時間は終わりだよ。と告げるように、扉が閉まる。
「バイバイ」
手を振るキミに、僕も笑顔で振り返す。
けれど、何回やっても、離れる淋しさに慣れることはない。
「…頑張ろう」
今はまだ、キミと一緒に暮らす自信がない。でも、離れなくてすむように、明日からまた仕事に励もうと思った。
「あれ?いない」
家に帰ると、いつもいるキミが、今日はいない。
合鍵を渡して
「いつ来てもいいよ」
って言っただけで、来る約束もしてないし、来てほしいとも言ってない。
だから、来ていなくても当たり前なんだろうけれど
「何でいないんだろう」
と思えてしまうほど、寂しさを感じた。
「1人は…」
こんなにも寂しいとは思わなかった。
「…会いたいな」
キミがいない寂しさを抱えながら、目を閉じるのだった。
「はぁ~、寒っ」
手に息を吹きかけながら廊下を歩いていると
「お疲れ」
背後からポンと背中を叩かれる。
「お疲れ。そっちも帰るとこ?」
「そう」
叩いてきたのは、別部署の同期の女性で。
「駅まで一緒していい?」
手袋をしながらそう聞かれ
「もちろん、いいよ」
一緒に行くことになった。
「外に出ると、社内がいかに温かいかがわかるよね」
白い息を吐きながら、シャキシャキ歩くキミとは違い
「そうだね。寒いの嫌いだから、社内に住みたい。外出たくないよ」
背を丸めながら歩いていると
「そんなに寒いのはダメなの?」
ぽかんとした顔をされる。
「うん。できるなら在宅ワークにしてほしい。んで、外には一歩も出たくない」
そう答えると
「…そっかぁ」
キミは残念そうな顔をする。
「…何かあるの?」
キミの表情が気になって聞いてみると、キミは少し間を置き話し始めた。
「どの季節もそうだけど、冬にしかできないことってあるでしょ。イルミネーション見たり、クリスマスマーケットに行ったり、カップル限定のクリスマスメニューとか」
「ああ、あるね」
「カップル限定は2人で。だけど、イルミネーションもクリスマスマーケットも行きたいけど1人では行きたくなくて」
「…まあ、そうだよね」
「だからさ、一緒に行ってほしいんだよ」
「え?俺?」
上目遣いで頷かれ、どうしようかと悩んでいると
「頼める人が他にいなくて。だからさ…」
さらに頼み込まれ
「…わかった」
俺は行くことを決意する。
「いいの?行ってくれるの?」
嬉しそうに笑うキミに
「外に出る理由をもらったからね。今年の冬は一緒に楽しむことにするよ」
俺も微笑んだのだった。