あなたを好きだった記憶が頭にこびりついて離れない。もう、あなたと会うことなんてないのに。街ですれ違ってもわたしはあなたに気付けないのに。あなたはきっとわたしのことなど思い出しもしないのに。
あなたを好きだった記憶。
あなたと話したこと。内容をすべては流石に覚えてはいられなかったけれど、あなたと話しているときのわたしの心臓の音。あなたを目で追っていたわたしのこと。
あのとき行動すれば良かった、別の選択肢だとどうだったんだろう。あなたの顔すら朧げなのに、そんなことばかり浮かんでくる。
いまさら意味を持たないことなどわたしも理解している。
いちばん綺麗な恋愛感情だった。
単純に好きだった。それゆえに当時のわたしは幾度となく嫉妬に駆られた。当然、純粋に好きだという気持ちだけではなかった。
ただ、気が付いたら落ちていた恋だった。いいな、と思っていた。そのあと偶然あなたと話すようになった。いつしかわたしはあなたを好きになっていた。好きになろうとしたわけではなかった。あなたと話す子を羨むわたしによって気付かされた。
わたしにとって、純粋な恋で、唯一勝手に生まれた恋心だった。
いつしか心は歪になってしまった。わたしの心は純粋さを失っていた。わたしの心情を、わたしの理性が作り出していた。
わたしの好きは、どこへ行ってしまったのか。それをどこへ追いやってしまったのか。
わたしはそれを取り戻すことができるのだろうか。
だから、今なお、あの頃の純粋な好きの記憶を捨てられずにいる。
あなたのための舞台。私は舞台装置。退場することが定められている。あなたが輝くために在る。
あなたが正義なら私は悪だ。あなたによって退場させられる者。スポットライトが当たるのはあなたへの理不尽を際立たせるため。こちらも輝きを持たねばならない。それが、真っ当でなくとも。そうしなければ、あなたをより強く煌めかせることなどできないのだから。
私の言葉で傷つけばいい。癒やすのは俺の役ではない。私の行動に怒りを持て。あなたの言葉で改めなどしないのだから。
そして、あなたの正義を振りかざせ。ここはあなたのためにある。あなたの正義が絶対だ。
だから俺は自らのために全力で演じる。あなたにとって許しがたい悪役を。
――演じきったそのとき、きっと「それ」を感じられる。
海は空の色と溶け合っている。月が水面を照らし道を作り、道の果ては水平線だ。湿気を孕んだ空気は磯の香りを漂わせながらまとわりつく。明るさとともに賑わいを見せる砂浜も、夜半を過ぎれば熱気を失い波音が響くのみ。
欠けた月は少し頼りなく、星彩あれども拭えない寂寥感。まるで世界にひとり取り残されたかのよう。
波打ち際まで行けば波は誘うかのように足元を濡らす。波と水音の誘うままに月の道の先へ行こうものならいよいよ世界でひとりきり。
果てなき孤独を闇に溶かして、月光に希望を見出して、またたく星を心に留めて。
短夜の中、未だ訪れぬ夜明けを待つ。
きみの街までどれくらいだろう。
そこまで遠くないことは知っているけれど、地図でしかわからない。
検索した経路はどんな道を通るのだろう。
景色を楽しむことを許してほしい。
寄り道してしまうかもしれない。
穏やかな陽と風が気持ちいいだろうから。
どこかに誘われてしまうかもしれない。
けれど、きっときみがいないとつまらない。
今から会いに行くよ。
少しだけ、待っていてね。