たまたま君のことを考えていて
そういえば顔が好きかもしれないと気づいた
お昼休みが終わったら目を見て話せなくなっていた
明日世界が終わるなら
もっと仕事で成果を出せば良かった
もっと親に優しくすればよかった
もっと友達と連絡を取って会えばよかった
もっと色んな景色を見ればよかった
もっと好きな服を着ればよかった
もっと作品を作ればよかった
もっと自分を許してあげればよかった
火星移住計画のニュースを聞いて1ヶ月が経った。
もう、友人たちは移住する準備を進めているらしい。
移住する届出を市役所にだした、って連絡がきた。
移住するか、地球に残るかは自由に選べる。ただし、国が設定した健康的な数値に達していなければ移住はできない。重力に慣らす訓練に体が持たないから。
妻が弾かれたその1人だった。内臓の持病が最近悪くなった。
僕も残るつもりだった。妻と子とじわじわ汚染されていく地球と心中するのだ。
「火星に行ったら帰るルートはない」
「でも、生まれたその子の未来があるのは火星なんだから」
真剣な顔で君は言う。この腕の中の子を産むと決めた時と同じ顔で。
君に出逢わなかったら火星を選ぶことは無かったんじゃないか。
まだ、家族と一緒の寝室で寝ていた小さい頃。
私は寝ている家族の寝息や、心臓の音に耳を澄ませていた。なぜだかわからないが、寝顔を見ると死の恐怖に掻き立てられていた。
寝息や心臓の音が止まってないことを確認すると、少しでも恐怖が和らいだ。そして、薄ぼんやりついた常夜灯の中眠りにつく。
思い当たるのは、祖父の遺体を見たこと。なんの変哲もない、事件性もない死だったが祖父は目を瞑って、冷たくなっていた。ほっぺたをつついたら起きそうなほどよく見た寝顔。でも、もう目を覚ますことはない。
寝顔とは死を思わせるもので、大した意味もないあの生存確認作業は、目に焼きついた祖父のあの顔がきっかけのような気がしている。
10年ほど前に、町に洋菓子屋ができた。店の名前は、「ヘンゼルとグレーテル」店主は若い夫婦のように見えたが、兄妹だと言っていた。
その店で出てくるお菓子たちは隣国からも買いに来るくらい好評だ。
町に来た時に少しばかりお世話したからか、親のような気持ちで見守っていた。
ある朝、兄の方が嬉しそうな顔をして「妹が結婚する」と話した。その日は店を早めに閉めて酒を飲むことにした。親ではないが祝杯は上げても良いだろう。
夜が深まってきて、酒も進み、いつもの質問をした。今日なら答えてくれる気がしていた。
「君らはどこで、お菓子作りを習ったんだ?あんな美味しいのは生まれて初めて食べた」
「…先生はいません。独学です、兄妹2人で…考えて」
「どこの家の生まれなんだ?貴族か?」
「いえ?むしろ貧しかったですよ」
煮え切らない答え。いつもそうだ、何かをはぐらかされている。今日も収穫のないまま酒の席が終わる。
「僕たち2人だけの秘密なんです」
そう言って。