"風邪がうつるといけないからキスはしないでおこうって言ってた。考えてみるとあの頃から君の態度は違ってた。"
昔は意味がわからなかったこの歌の歌詞が、この歌詞に込められた切なさが、最近になって痛いほどわかる。
「ウチ駅近だから駅前のイルミネーション、ベランダから見えるんよね」
「え、最高じゃん!私前の仕事帰りによく遠回りして見てたんよ。12月入ったらすぐライトアップされてるっけ?」
「いや、確か10日くらいからだったよ。
まだ全然先だけどウチで絶対一緒見よな。」
「見る見る!笑
てか今日夜何食べたい?」
12月15日、「今年も綺麗だなぁ、さむっ。」
俺は誰かに話しかけるように、独り言を呟いた。
「あそこの唐揚げ美味しいんだよね〜」
俺の言葉に君はいつも通りゲームをしながら返事をするがそこに君の魂はない。君の言葉という皮をかぶっているが誰の言葉でもないのだ。
唐揚げのうまい店なんていくらでもあるし、なんならまずい唐揚げの店でも、潰れてる店だっていい。
ただ君の気を引いて、ただ君の言葉が聞きたかったのだが。
今日もどうやら俺は君の持っている長方形の世界に負けたらしい。
俺が君に注いだ愛は、画面を見つめる君の世界に入ることなく今日も消えていく。
明日はどんな話題にしようかな。
保安検査所を通り抜け、いつも座る椅子に座った。
君がガラス越しで向こう側にいる特等席だ。
ただいつもと違うのは俺もあんたもお互いに泣いていたことくらいだろうか。特に俺の顔面はぐしゃぐしゃで酷いものだった。
どうせなら俺の酷い顔を見て笑って欲しいのに、あんたは少しも笑ってくれないから、いじわるだなと思った。
そのうち飛行機が来て、どうしても一言、何かガラス越しに伝えたくて俺はマスクを取った。
まだ流行病は続いているから、敏感な人が見たら怒るだろが、そんな事少しも考える余裕のない心で俺は咄嗟に口を開いた。
声は聞こえないはずなのにあんたがすぐにうんと頷いたから、お互いの心は通じてるんだと、大丈夫なんだと言い聞かせる。
君に背を向けて歩きながら、ふと走馬灯のようにこれまでの思い出が蘇ってきたのがおかしくて少し笑ってしまったけど、君の恋人としての俺はあの時死んだのだと、そのあと妙に納得した。
保安検査所を通り抜け、いつもの帰路で家に向かった。
隣に君がいない、独りの席だ。
「またね」