保安検査所を通り抜け、いつも座る椅子に座った。
君がガラス越しで向こう側にいる特等席だ。
ただいつもと違うのは俺もあんたもお互いに泣いていたことくらいだろうか。特に俺の顔面はぐしゃぐしゃで酷いものだった。
どうせなら俺の酷い顔を見て笑って欲しいのに、あんたは少しも笑ってくれないから、いじわるだなと思った。
そのうち飛行機が来て、どうしても一言、何かガラス越しに伝えたくて俺はマスクを取った。
まだ流行病は続いているから、敏感な人が見たら怒るだろが、そんな事少しも考える余裕のない心で俺は咄嗟に口を開いた。
声は聞こえないはずなのにあんたがすぐにうんと頷いたから、お互いの心は通じてるんだと、大丈夫なんだと言い聞かせる。
君に背を向けて歩きながら、ふと走馬灯のようにこれまでの思い出が蘇ってきたのがおかしくて少し笑ってしまったけど、君の恋人としての俺はあの時死んだのだと、そのあと妙に納得した。
保安検査所を通り抜け、いつもの帰路で家に向かった。
隣に君がいない、独りの席だ。
「またね」
12/12/2022, 11:24:58 PM