風が強くなると冬が来る。この国は、雪に閉ざされる期間が長い。今年も風が冬を運んでくる。
種を埋めても、よほど強い作物でもなかなか根付かないこの不毛の大地で、民を生かすには、祖父が残した騎士団を強くして他国を攻め、奪い取るしか無かった。
俺は苛烈な王に見えるだろう。史書には暴君とすら書かれても文句は言えまい。
こんな横暴な主君に連れ添ってくれる女もいないだろう。王座は血縁に譲ればいい。
そう考えていた俺の前に、希望は空から降ってきた。
「きゃああああ!!」
騎獣を飛ばして、悲鳴と共に風が運んできた女を助けた。
この世界では見たことの無い服をまとい、人間には無いような黒髪黒瞳が印象的だった。
他所の世界から来たのだろう、ということはすぐに理解した。
この世界では、ありえないと思われることが起きうる。この西の大陸では知り得ないことが、他の大陸では存在するというから。
彼女は俺を恐れなかった。
笑いながら食事を共にし、この国の窮状を知るや否や、「わたしにできることがあるかもしれません」と自信を持って言った。
彼女が持っている植物と土の関係の知識は、舌を巻くものだった。
失敗することも多いが、強い麦が芽を出した時には、その場にいる研究者誰もが喜んで抱き合った。
風は、彼女という希望を運んできてくれた。
皆に囲まれてはにかむ彼女を見つめるその時には、俺の脳裏では、彼女に似合う指輪のデザインが浮かんでいた。
それを渡したら、彼女はどんな反応をするだろう。
どんな返事を、風は運んでくるのだろうか。
2025/03/06 お題「風が運ぶもの」
この世は疑問で満ちている。
どうして空は青いのか。
どうして大地は回っているのか。
どうして星は夜しか見えないのか。
どうして我々は息をしていられるのか。
調べれば調べるほど、奇跡に等しい確率に、孤独すらおぼえる。
この広大な宇宙には、この星と同じ環境が存在する可能性は、ほぼゼロに近いという。
ならば、どうして我々は生まれたのか。
何を為すために。
誰に伝えるために。
だから、我々の言葉を詰めて、空へ放った。
いつかたどり着く先に、奇跡的に届くことがあったら、教えて欲しい。
どうしたら、あなたがたと会えますか?
2025/03/05 お題「question」
「この戦いが終わったら、お前に伝えたいことがあるんだ」
それ、死亡フラグだよ。
って笑ったら、彼は不思議そうに首を傾げた。
そりゃそうね。この世界にはそんな言葉は存在しない。
あたししか知らない。
このゲームのヒロインに転生したあたししか。
このゲームの難易度の高さは鬼畜。
十数年、いや数十年乙女ゲームを攻略してきたかつての乙女たちが、こぞってコントローラーを投げ出したくらいだ。
攻略対象を落とせないんじゃない。
死亡ルートが多岐に渡って張り巡らされているのだ。
攻略対象だけでなく、ヒロイン自身にも。
攻略対象のヒーローたちはことごとく死んだ。
あたしも気が遠くなるくらいの死を繰り返した。
親友ポジションの優しいあの娘も死んだ。
なんなら世界も滅びた。
それでも、「やり直す力」を持つヒロインのあたしの能力で、最初からやり直す。
少しずつ進んだかと思えば落とし穴があり。
やり過ごしたかと思えば今まで出なかったボスがいたり。
いやー……もう何百回やり直したかな。
「俺がお前を守る。約束だ」
そう言った彼を、どれだけ亡くしたかな。
すりきれた心はもう諦めろと言うけれど。
その心のどこかが諦めきれない。
昔、父親がファミコンで遊んでいた、某芸能人の挑戦状とかいうゲーム。
あれも相当理不尽だったけど、父親はクリアしてたのよね。
その血と根性を受け継ぐあたしだ、やってみせましょう。
彼との約束を、ハッピーエンドフラグにするために。
2025/03/04 お題「約束」
はらり、ひらり。
桜が舞う時期に、桜吹雪の中に消えるかのように、君は逝ってしまった。
どんなに泣いても喚いても、君は帰らない。
夏が来れば砂浜を歩き。
秋は紅葉を見上げ。
冬には雪だるまを作る。
はらり、ひらり。
今年もまた春が来る。
僕は君との思い出を回想しながら、桜並木を、ひとり。
2025/03/03 お題「ひらり」
この扉を叩く者がいても、すぐに開けてはいけないよ。
誰かしら? とちゃんと確認するようにね。
でないと、愚かな子羊たちのように、狼に喰われてしまっても、文句は言えないからね。
返事は「はい」でしょう?
「どうして?」なんて、お前に問う資格は無いんだよ。
誰かしら? と訊いて、ママだよ、って返ってこない限り、お前はこの扉を開けてはいけないのだから。
ママは口ぶりは優しく、だけど手にした鞭で激しく、あたしを打った。
お酒が入って酔っぱらってるときは、大声で歌いながらより激しくあたしを打った。なんなら殴った。
あたしの本当のパパとママのことを、「大馬鹿者」「生きてる価値が無かった」って笑いながら評した。
「その馬鹿の血を引くお前は、馬鹿なんだから、ママの言うことだけ聞いているんだよ」
尖った赤い爪は、あたしの首筋に食い込んで、血の痕を作った。
ある日、ママは上機嫌でめかしこんで出かけていった。
いつもより長い時間が経っても、ママは帰ってこなかった。
おなかがすいて、喉がかわいても、ママは帰ってこなかった。
力が抜けて、床に横たわっていると、扉がどんどんと音を立てて叩かれた。
ママじゃない。ママは静かに扉を叩く。
誰かしら?
からからの喉で、それでもママに言われた通り、誰何をする。
「いるのか!? 生きているか!?」
知らない男の人の声だった。
本当に狼が来た! 竦み上がるあたしの目の前で、鉄の扉に体当たりする音が聞こえる。
がちがち歯を鳴らすあたしに構わず、扉は遂に破られて、白い鎧を着て銀の剣を握った男の人が踏み込んできた。
「ああ、可哀相に。こんなに痩せて」
男の人は、ママでさえ見せたことの無い憐れみの表情で、あたしを見下ろし、告げた。
「人さらいの吸血鬼は、我々が倒した。君はもう自由だ」
男の人が言うことはよくわからない。
だけど、なんとなく。
あたしはもう、誰かしら? と問うことはなく、ママの殴打にも、狼の訪れにも、怯えないで生きていけるのだという予感がしたのだった。
2025/03/02 誰かしら?