いつまでも子どもみたいだね、と笑うと、そうかと笑い返す。
そうだよ。あなたはいつまでたっても、あの頃の悪戯小僧のままだ。
大人になれずに、けれど体だけは一丁前に大きくなってしまった。
少しかなしいひと。
いつも寂しさをそっと抱きしめている。
あなたがどうして大人になりきれなかったのか、わたしは知ってる。
きっとあの時からあなたの時間は止まったまま。
大切な、とても大切な人を失くした、あの日から。
あなたのことはよく知っているつもり。
好き嫌いがはっきりしてて、単純で、無鉄砲で、ほんとにバカ。
そんなあなたにどうしても惹かれてしまう自分が一番バカなんだ。
あなたのうちに救う寂しさを知りながらどうすることもできないもどかしさ。
小さくなるあなたの後ろ姿を、見えなくなるまで見送る。
わたしじゃない誰かが、いつかあなたを救ってくれるのを、いつまでも待っている。
今年の冬は一緒に越そうね。
夏の終わりに僕らは約束した。
それから三月経って、森はしんと静かだ。
まだ起きているのは僕たちと、眠らない生き物だけ。
冬を越すための食糧も、暖かい寝床もちゃんと準備した。
そろそろだ。
次に君の顔を見るのは、雪が溶けた頃。
僕は自慢の尻尾を君の体に沿わせる。
君は嬉しそうに微笑んで、目を閉じた。
おやすみ。
まだ君の寝顔を見ていたい気持ちをこらえて、僕も目を閉じる。
君の寝息と枯れ葉の微かなさざめきだけが聞こえる。
冬を迎えるのが寂しくないのは初めてだった。
とりとめもない話をしよう。
ゆるゆると眠気が指先まで染み渡るまで。
ストーブが生み出す暖かい空気で肺を満たして。
僕の声が意味を為さなくなるまで。
瞼が重くなる。
呼吸が遅くなる。
抱き合って眠れば、きっと夢の中でも手を繋いでいられる。
君が優しい眠りに落ちるまで、いつまでだって話し続けてあげるよ。
良い夢を、君に。
風邪をひいた。
久しぶりに出た熱は思いの外苦しくて、慌てて飲んだロキソなんとかが効くことを祈るばかりだ。
冬だし、一人暮らしの家は寂しいし、誰も看病してはくれないし。
いい年してなんだか泣けてくる。
なんか風邪っぽいなと思った昨日の夜、レトルトのお粥でも買っておけばよかった。
買い溜めしてあるカップラーメンとエナジードリンクは、全く食べる気がしない。
なんせ風邪をひくなんて数年ぶりで、その予兆も対処の仕方も忘れてしまった。
きっと寝ていれば治るだろうと現実逃避に至る。
明日の仕事に響かなければいいな、なんて考える自分がみじめになる。
母さん。
この前、風邪ひかないでねって、言われたのにな。
雪を待つ。
つけた足跡を消してくれるほどの吹雪を。
君の重さの分だけ沈む私の足跡は、誰にも知られずにかき消える。
さく、さく、と雪を踏み締める音だけがする。
ようやくこの身ひとつになれた。
財産も、蔵書も、食器も服にも、執着などない。
人生のスパイスは君だけで良いとわかったから。
「僕の歴史は二つに分けられる。あなたに出会う以前と、後に」
そう言った君との再会を思い出すと、いまだに自然と口角が上がる。
きっとこの先一生、あの日を忘れないだろう。
私は雪を待つ。
私のようには全てを捨てられないほどにしがらみに囚われた君を、このまま連れ去るために。