わたしのお気に入りのもの。
お気に入りのヘアピン。お気に入りの鉛筆。
お気に入りのスマホカバー。お気に入りの机。
お気に入りのクッション。お気に入りの本。
わたしの世界が動くたび、わたしの気持ちも動く。
でもどんな時も動かない、わたしのお気に入り。
悲しい時も、お気に入りのものに囲まれたこの部屋で泣いた。
嬉しい時は、お気に入りのものに順番に触れながら、この部屋で笑った。
時にはひとりでのんびりと読書して、時にはみんなと並んで楽しく会話した。
お気に入りのもの、揺るがないもの。
どれだけ気分が暗くても、明るい色が心に響く。
どれだけ頭がぐちゃぐちゃでも、すっきりした間取りが心を落ち着かせる。
いわばリセットボタン。でもゼロにするためのものじゃなく、プラスにする準備のためのもの。
大事な発表をする日の前日とか、不安で仕方ない時。
お気に入りのリセットボタンで、いつものわたしに戻って、これを活かす準備をする。そうしたら、もう大丈夫。不安なんて消えちゃう。
いつか手放すことになるかもしれない、わたしのお気に入りのものたち。
でもわたしの心の中にいつもある、お気に入りの部屋。そこでまたリセットボタンを押して、わたしはそっと準備を始める。
誰よりも優しい人。
「優しさ」なんて測れるのかは知らないけど、もしできるのなら、世界でいちばん、誰よりも優しい人というのもわかるはずだ。
それはいったいどれだけ素晴らしい人なのだろう。
そんな人になれたのなら、わたしはどんな生活を送ることになるのだろうか。
もちろん、人に感謝されて嬉しくなることもあるだろう。でも、それより辛いこともたくさんあるはずだ。
わたしはそんな風にはなれない。わたしは人のことを気遣うふりをして、結局自分ばかり大切にしてしまう。
誰よりも優しい人は、自分のことは気にせず人を助けるのだろうか。
自分を犠牲にしてまで人を助けるのは、優しさなのだろうか。
必ず誰かの幸せの下には犠牲が敷かれていて、自分がまったく無傷のまま誰かを助けるなんてできなくて、すべての優しさを公平にするなんて無理で。
でも、それでも。すこしずつ、すこしずつでいいから、誰よりも優しい人の荷物をみんなで代わってあげられる世界になったらいいと思う。
10年後のわたしからの手紙があったなら。それにはいったい、何が綴られているのだろう。
わたしのことだから、きっと何枚にもわたって、想いを込めて書いたのだろう。読むのにも時間がかかりそうだ。
内容はどんなものだろうか。自分の気持ちのこと?仕事のこと?人間関係のこと?それとも、わたしへのメッセージ?
もしそうだとしたら、何をわたしに伝えたいのだろう。きっとそんなにそれっぽい言葉は思いつかないから、ありきたりなものばかりかもしれない。
じゃあ、わたしが10年前のわたしに手紙を書くなら、何を綴る?
頑張れと言いたい。疲れていたわたしに。
安心してと言いたい。怖がっていたわたしに。
何とかなると言いたい。不安で辛かったわたしに。
そして、あと何がある?
そうだ。ありがとうと言いたい。
ひとりで闘ってくれたわたしに、言ってあげたい。
結局10年経ったって、考えることはそんなに変わらないはず。それなら。
ありがとう。
未来のわたしが言ったのだ、手紙に書いてあったのだ。
そう思うことにして、わたしはまた、わたしのために闘う。
バレンタイン。
1年に1度、チョコと共に想いを渡す日。
好きな人、友達、家族、クラスメイト。
誰に渡すかは人それぞれ。渡さないという選択肢もある。
でも、なぜわざわざこの日に渡すのだろう。
別にいつでも渡せばいい。この日にしか渡してはいけないなんて決まりはない。
でもなぜか人間は、この日を選んで渡すのだ。
わたしは、それは人間が繊細で臆病だからだと思う。
人間はきっと怖いのだ。こんななんでもない日に突然告ったら変かな、いつ告白するのがおかしくないかなとか、いろいろ気にしてしまう。
だからバレンタインなんて日をつくったのだろう。
そんな事情を想像すると、なんだか微笑ましくなるのだ。
簡単には伝えにくい想い。告白でなくとも、誰にでもそれはきっとあるのだろう。せっかくだから、この微笑ましい日を活用してみるのも悪くない。
わたしもそうすることにする。わたしに好きな人というのはいないので、お父さんにでも渡すことにした。
いつもはあまり伝える機会のないこの想い。チョコマフィンにのせて、手紙と共に、手渡しで。
「いつもありがとう」
わたしは今も、あの子を待っている。
わたしは昔、友達と約束をした。
友達は同じ習い事をしていたけど、引っ越してしまうらしかった。
あの子は言った。
「3年後に帰ってくるから。またこの習い事するから、待っててね」
あの子は帰ってこなかった。
引っ越したまま帰れなくなってしまったのか、習い事をやめてしまったのか、それとも別の理由があるのか。それはわからない。
しばらくして、ある時、習い事をやめないかと言われた。
言い訳をして断った。わたしに才能がないことは知っていたし、他にもっと安く良いことを教えてもらえる場所があるのも知っていた。
でも、あの子を待ちたかった。
あれからしばらくしたけど、やっぱり帰ってこなかった。
あの頃は、引っ越した子ともうひとりとで仲良し3人組だった。
もうひとりの子は上のクラスに上がってしまって、わたしは取り残された。
その子とすれ違ったこともあったけど、その子のまわりには他の友達がたくさんいた。
よかった、と思った。
わたしなんかに囚われず、もっといい友達と出会えたんだ。
その事実に、なんだか安心したのだった。
きっと引っ越したあの子も、新しい友達ができたのだろう。
実際、わたしも新しい友達がたくさんできた。みんないい子。
でもわたしは心のどこかでずっと待っている。
「待っててね」
あの子は、確かに、確かにそう言ったのだから。