【キャンドル】
今夜は人工の光を消して蝋から零れる温かな灯りだけを頼りに貴方とふたり肌のぬくもりを感じあおう。
薄暗い部屋。壁に映るは薄い黄色·オレンジ·緋色。そして貴方が。
私はそっと瞳を閉じる。より貴方を近くに感じた。
【たくさんの想い出】
私の人生。
生まれてきた。まだ何も感じない。
幼稚園。辛いこともあったけど先生が優しくて大好きだった。
小学生。自由だった。ただ嫌なこと辛いことは増えた。どうしてそれがいけないのか分からなかった。
中学生。気を遣うことが増えた。周りも前みたいに子供のままではいられない。友達付き合いが複雑になった。
高校生。何もかもが嫌になる。全てのものが私の敵で味方なんて存在しないと思ってた。誰も私のことなんて解ってないくせに。好き勝手言わないで。
大人になった。前より大分生きられた。だけど、やっぱり自分の性格なんて中々変えることなんて出来なくて。死にたい気持ちは日に日に増していく。それでも希望は捨てきれなくて。頑張ってる。
【冬になったら】
"君はあの日の約束を覚えてる?
きっともう忘れてしまったよね。
だけど、それでもいいの。
だって私が全て覚えているんだから。
でもね、もし、もしも貴方が覚えてくれていたなら来て欲しい。約束のあの場所に。
"
今の賃貸の契約が終わるので、この際思い切って引っ越しをすることになり押し入れの掃除をしていたら、見つけてしまった。何年か前に届いた僕宛の手紙。差出人の名前は―
「知らないはずの人から届いたモノなのに、どうして未だに棄てられないんだろう」
この人の名前に身に覚えなんてない。でも、この人は僕のことを知ってる。忘れているだけ?いや、それならどうしてこんなにも胸が苦しく痛むんだろう。手紙にはこの人の名前だけでこの人の宛先なんかは書かれていない。
「…もう届いてから大分経ってしまった。この人だってきっともう諦めている」
だけど、もし未だこの約束を信じ、この"あの場所"で待っているとしたら?
「…」
きっと僕は思い出さなければいけないのだろう。この人は、多分僕を待っていてくれている。何となくそんな気がする。
何か手懸りがないかと押し入れの中を探ってみた。すると、奥にしまい込んだ段ボールの中から大学時代の時の写真が出てきた。
「…懐かしいな。…あれ?」
この娘。何処かで―
「久しぶりだな。まさかこの歳でここに来ることになるなんて」
あの後、写真に写っていた大学生の僕とひとりの女性。何かを思い出した訳ではない。ただ何となく気になって昔に通っていた大学、写真に写っていた場所に来てみた。
「懐かしい。まだあったんだ」
大学の裏の敷地。そこには立派な桜の木があった。春にはそれはもう見事に咲き、散り際は尚幻想的だった。今は枝だけがそこにはあった。
「よくここで花見とかしたっけ」
そっと木に触れた。
「そうね、楽しかったわね」
「!?」
誰もいないと思っていた。なのに背後から返事が返ってきた。驚いて声のした方を見た。そこには小柄な女性が微笑みを浮かべていた。
「…久しぶり。全然変わらない。」
その人は真っ直ぐに僕を見つめる。
"久しぶり"。その人はそう言った。だけど、僕にはその人がわからない。初めて会うのに、心臓は早鐘を打つ。
「会いたかった」
その人はそう言って、涙を浮かべた。
なのに僕には、何でその人が泣いているのかわからない。
それでも、その人を抱きしめなければいけないような気がした。気づけばその人を抱きしめていた。
「…ごめん。君とは初対面のはずなのに。」
「…いいの。私が貴方を覚えてる」
その人は笑った。どきどきした。離れたくないと思った。だけど、なぜそう思うのか僕には解らないままだ。
「わからなくてもいいの。ただ、ここに来てくれたことが嬉しい」
どのくらいそうしていたか。いつの間にか空は夕方の色に染まりつつあった。
「…暗くなってしまったわね。そろそろ帰りましょうか。」
「あ…」
その人は踵を返すと何事もなかったかのように歩き出した。どうしてだろう。それがとてつもなく寂しく感じるのは。
「あのっ、また会えますか?」
気づけばそう言っていた。その人は振り返り、微笑んだ。
「冬になったら、ここで雪だるまでも作りましょう」
「雪だるま…」
何だか拍子抜けしたけど、まぁ良いか。
冬になったら、また会えるのだから。
【はなればなれ】
何をするのも、何処に行くのも、ずっと私の隣は君だった。そう思っていたんだ。それなのに、高校生になった君は私の隣を嫌がった。同じ髪型。同じ洋服。同じ靴。ふたり向かい合えばまるで鏡に映った自分を見ているようで。君は繋いだ手を振りほどき、私をひとり残した。どうして一緒にはいられないのだろう。君の隣には私ではないどこかの可愛い女の子が君と手を繋いでた。今まではそこが私の場所だった、そしてこれからもそうだと思ってた。いつの間にか君は私の背を追い越し、長かった髪をバッサリと切り落とし、同じ洋服は一着もなくなり、足の大きさが変わり今までの靴は履けなくなった。ふたり向かい合っても私は君を見上げ、君は私を見下ろす。同じ顔なのに同じではなくなってしまった私達。もうあの頃のようには戻れない。さようならもうひとりの私。さようなら、私の初恋。
【子猫】
「はぁ…疲れたなぁ」
仕事が終わり帰宅する。上着のポケットから鍵を取り出す。鍵を回し、玄関を開けても迎えてくれるそいつはいない。電気を付け、ソファーに上着と鞄を置く。
蒸し暑くなってる部屋の窓を開けた。見上げれば月が綺麗な色をしていた。
途中コンビニで買ったビールとつまみを袋から出す。ビールの缶を開け一口喉の奥へと流し込んだ。ビールのほろ苦さと薫りが口と鼻を刺激する。
「ふぅ…」
ひと息つくと、煙草を取り出しライターで火をつけた。
もう一度空を見上げる。今夜はよく晴れていた。
そいつと出会ったのは酷く雨が降っていた夜だった。
「くっそ!雨が降るなんて言ってなかったよな!」
この日は、残業で家に帰れたのはもうとっくに深夜を過ぎた頃だった。
「あっの、糞部長!てめぇの仕事くらいてめぇでケリつけろよ!たくっ」
土砂降りの中、悪態を吐きながら家路を走った。もう全身、靴の中までグショグショだ。気持ち悪すぎるだろ。
「ハゲ散らかせ糞野郎」
雨の音が激しさを増すのをいいことに日頃の鬱憤を吐き出し、もうすぐ家に着くと言う時―
―…ッ、ニャー…―
「…ん?」
何やら微かに動物の鳴き声のようなものが聴こえた気がした。
「どこからだ?」
気にしなければそれでよかったんだが、この日はなぜだが足を止め、鳴き声に耳を傾けた。
「…」
何も聞こえない。
「気のせいか?」
そう思い、再び駆け出そうとしたその時。
「ニャー、ニャー」
やはり鳴き声がする。何処だ?
俺は辺りを見回し鳴き声の主を探した。
そして、
「…いた」
そいつは電柱の影にいた。子猫だ。それも黒猫。天気の悪さもあって電柱の影と同化して見つけるのに時間がかかった。
「おい、大丈夫か?」
俺が抱き上げると暴れる元気もないのか逃げ出そうとはしなかった。子猫の身体の体温は冷たく、かなり震えていた。
こんな時間じゃ動物病院もやってない。取り敢えず、家に連れ帰ることにした。
「ただいま」
と言っても独り暮らしの俺には帰ってくる言葉もないのだが…。虚しすぎるだろ!それはさておき。
「連れてきたはいいけど…どうすっかな」
スマホを取り出し検索をかける。
「…うーん、病院は明日連れていくとして、まずは―」
と何とかかんとか試行錯誤でやった。
「あとは、里親か…」
一応あの後片っ端から友人、知人、同僚、家族に電話をして宛を聞いては見たが今だ連絡来ず。
「…」
肝心の子猫はすやすやと健やかな寝息をたてていた。
「お前は呑気で良いよなぁ」
そっと気持ち良さそうに眠るそいつの頬をつついてやった。するとくすぐったそうに一声鳴いた。
あの後、友人の友人家族が引き取ってくれることになりそいつは俺のもとを去った。1ヶ月共に暮らしたというのにそいつは俺への恩義も忘れ、すんなり新しい家族を受け入れた。何だか、初めての彼氏を連れてきた娘の父親の気持ちがわかったような気がした。
「あれから、1週間かぁ。」
早いもんだな。少ししんみりしつつ、ビールを呑み込んだ。
「まぁ、元気ならそれで良いか」
そう思い直し、つまみの袋を開けた。