コノハ

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【子猫】

「はぁ…疲れたなぁ」

仕事が終わり帰宅する。上着のポケットから鍵を取り出す。鍵を回し、玄関を開けても迎えてくれるそいつはいない。電気を付け、ソファーに上着と鞄を置く。
蒸し暑くなってる部屋の窓を開けた。見上げれば月が綺麗な色をしていた。
途中コンビニで買ったビールとつまみを袋から出す。ビールの缶を開け一口喉の奥へと流し込んだ。ビールのほろ苦さと薫りが口と鼻を刺激する。
「ふぅ…」
ひと息つくと、煙草を取り出しライターで火をつけた。
もう一度空を見上げる。今夜はよく晴れていた。
そいつと出会ったのは酷く雨が降っていた夜だった。

「くっそ!雨が降るなんて言ってなかったよな!」
この日は、残業で家に帰れたのはもうとっくに深夜を過ぎた頃だった。
「あっの、糞部長!てめぇの仕事くらいてめぇでケリつけろよ!たくっ」
土砂降りの中、悪態を吐きながら家路を走った。もう全身、靴の中までグショグショだ。気持ち悪すぎるだろ。
「ハゲ散らかせ糞野郎」
雨の音が激しさを増すのをいいことに日頃の鬱憤を吐き出し、もうすぐ家に着くと言う時―

―…ッ、ニャー…―

「…ん?」
何やら微かに動物の鳴き声のようなものが聴こえた気がした。
「どこからだ?」
気にしなければそれでよかったんだが、この日はなぜだが足を止め、鳴き声に耳を傾けた。
「…」
何も聞こえない。
「気のせいか?」
そう思い、再び駆け出そうとしたその時。

「ニャー、ニャー」
やはり鳴き声がする。何処だ?
俺は辺りを見回し鳴き声の主を探した。
そして、
「…いた」
そいつは電柱の影にいた。子猫だ。それも黒猫。天気の悪さもあって電柱の影と同化して見つけるのに時間がかかった。
「おい、大丈夫か?」
俺が抱き上げると暴れる元気もないのか逃げ出そうとはしなかった。子猫の身体の体温は冷たく、かなり震えていた。
こんな時間じゃ動物病院もやってない。取り敢えず、家に連れ帰ることにした。

「ただいま」
と言っても独り暮らしの俺には帰ってくる言葉もないのだが…。虚しすぎるだろ!それはさておき。
「連れてきたはいいけど…どうすっかな」
スマホを取り出し検索をかける。 
「…うーん、病院は明日連れていくとして、まずは―」
と何とかかんとか試行錯誤でやった。
「あとは、里親か…」
一応あの後片っ端から友人、知人、同僚、家族に電話をして宛を聞いては見たが今だ連絡来ず。
「…」
肝心の子猫はすやすやと健やかな寝息をたてていた。
「お前は呑気で良いよなぁ」
そっと気持ち良さそうに眠るそいつの頬をつついてやった。するとくすぐったそうに一声鳴いた。

あの後、友人の友人家族が引き取ってくれることになりそいつは俺のもとを去った。1ヶ月共に暮らしたというのにそいつは俺への恩義も忘れ、すんなり新しい家族を受け入れた。何だか、初めての彼氏を連れてきた娘の父親の気持ちがわかったような気がした。
「あれから、1週間かぁ。」
早いもんだな。少ししんみりしつつ、ビールを呑み込んだ。
「まぁ、元気ならそれで良いか」
そう思い直し、つまみの袋を開けた。

11/15/2024, 2:07:10 PM