「そうだ、それでいい」
上から目線で言われた言葉にカチンと来るものの、相手が直属の上司ゆえ怒りを表に出すことは許されなかった。
「……ありがとうございました」
不承不承と言った感情を滲ませてしまったが、なんとか礼を絞り出した。
「もう戻っていいぞ」
こちらを見もせずに上司はそう言った。
自席に戻ると無意識にため息が出てしまった。
「大変そうだったな。何度もやり直ししてて」
「本当に。……内容は同じなのになんで何度も書き直さなきゃいけないんだよ」
伝えたい事は何も変わっていないのに、細かい文面を何度も直された。一体何が違うんだっていうだよ、と不満を胸に次の仕事に着手し始めた。
そんな新人時代から数年、教育担当の新人の報告書を見て眉を寄せた。
「うわぁ、読みにくい……」
まあ新人だしこんなもんか、と苦笑する。
生まれた時から触れていた言語だというのに、思った通りに使えてないの自覚するにはまだまだかかる。
あれから何度も伝え方の大切さを上司に教わった。彼はもうすぐ取締役に昇進するそうだ。
新人の時は理不尽極まりないと思っていたのに、指摘の意図を実感すればどれほど親切な指摘だったとひしひし思う。
大人になれば叱る人はいなくなる。だからきっと最後に叱ってくれる砦が上司なのかと拉致もないことを思った。
「さて、俺も新人に指摘しまくらなきゃな」
そうしてツッコミどころを見つけては逐一リストアップしていった。
「一つだけよ」
そう母親に言われてしまえば、逆らえない。
ゆきはお菓子売り場で真剣にお菓子達を睨みつけていた。
チョコレートが食べたい。でもこの前食べたポテトチップスはとても美味しかった。このクッキーはだいぶ前に食べてこっきりだから久しぶりに食べたい。キャンディの袋はいっぱい入っているからとってもお得に感じるーー。
むむむ、と悩む姿に通り過ぎる大人達から暖かい視線が送られていることにも気づかない。
選べるのは一つだけ。
あれが良い、これが良い、こっちは昨日食べた、あっちはあんまり好きじゃなかったーー等々悩みに悩む。
うーとかむーとか眉間にシワまで寄せて悩む娘に母は呆れた様子で声をかけた。
「まだ決まらないなら、先に他の所に行くよ。また来よう」
1回目は無視。分かっていたので、母はゆきの首根っこを捕まえて手を繋いだ。
「ほら」
無理やり連行されていくゆき。その顔は未練がましいさがありありと現れていた。
母親と一緒に野菜やお肉、お魚といった所に次々と立ち寄る。母はそこらから買い物かごにいれたりいれなかったり。ゆきはそんな姿を心ここにあらずで見ていた。
食パンが置いてあるコーナーに辿り着き、食パンを選ぶ母親。商品を選ぶのを見るのに飽きたゆきは落ち着きなくキョロキョロした。
すると、小さい花を見つけた。
見たこともない花に興味津々に手を伸ばした。母はその姿を見て首を傾げた。
「ゆき、落雁好きだっけ?」
「らくがん?」
聞き覚えのない言葉にぽかんとする。
「お菓子だよ。食べたことあったっけ?」
可愛らしいお花の形をじっと見る。……お菓子?
ゆきの目はいきなり輝いた。
「ママ、これ欲しい」
落雁が入っている容器を差し出すゆき。母親はその姿を見て一瞬怯む。
……値段が、いつも買っているスナック菓子の方が断然安いのですんなりと頷きづらい。
「これだけにするから!」
うるうると上目遣いのおねだり攻撃。
母は逡巡し……、根負けしたかのように落雁を受け取った。
「……今日だけだよ」
手に取った落雁の容器が買い物かごに吸い込まれていくのをみてゆきは目をキラキラさせる。
「うんっ! ありがとう!」
ゆきはお母さんの手をぎゅっと握った。