ここはどこ?真っ白い殺風景な狭い部屋の中にいた。
「こんにちは〜。ミネさん!」
見知らぬ男がわたしに話しかけてくる。男は綺麗な顔立ちでこちらに笑いかけてくる。
「こ、ここは、どこでしょうか…?」
震える声でなんとか話しかける。
「ここは、飼育部屋だよ。残念だけど、君はとある大富豪のペットになっちゃったんだ。そして君の世話係が、わたし。」
男は少し落ち着いた、優しい声でそう言う。
意味がわからない。人が人のペット?そんなこと、あっていいはずがない!!
「出してください!」
部屋の扉をゴンゴンと叩く。男はそんなわたしを後ろからただ眺めている。
途端、扉がぐおんと開いて、小太りの男が現れ、わたしを見た。
するとニヤリと笑い、イヤにベトっとした声で言った。
「あ〜、ほれほれ。ご主人様ですよ〜。あ〜、可愛いですね〜。」
…私に話しかけているの?この小太りの男が?赤ちゃん言葉で?
…信じられない………。
「弥富くん。もう餌はやったのかね?」
「いえ、まだです。これから用意を。」
「可愛いペットちゃんを空腹にさせないであげておくれよ。ふぁっふぁっふぁ。」
飼育係とそんな会話をして、小太り男は部屋から出ていった。
飼育係は何も言わず、ただにこりとした顔を貼り付けていた。
「ねえ、ほんとうにペットなの…」
「よしっ!じゃあ、ご飯にしよっか!」
飼育係は私の言葉を遮り無駄に大きな声でそう言った。
目の前に出された料理を見て唖然とした。
鳥の餌の様な小さなつぶつぶが、大きな丼ぶりに満杯に入っているだけ。
「…心配していないとは思うけど、︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎︎︎栄養は"︎︎入っているよ。」
分かっていたが、美味しくはないということだ。
1口食べてみた。人工的な味が口内にもわっと広がる。
これから一生この生活なんだ。一生ここで、一生これを食べて、一生独りで…。
「おーい」
飼育係の声が聞こえる。はっと我に返ると、私は泣いていた。
「…ごめんね。わたしに出来ることはしてあげるつもりだよ。」
…反吐がでる。こんなたかが飼育係に何も出来やしないのに。
飼育係を睨もうと顔をあげると、飼育係は異様な顔をしていた。
笑っているのに、希望に満ち、絶望に満ち、自分が分からず、疲れに疲れたそんな顔。
とても惹き込まれる。
「大丈夫。君の1番身近にいることになるのはわたしだ。だからね、辛かったらいつでも、楽に殺してあげるよ。」
そう言って安楽永眠薬、と書いてあるケースを取り出した。
「それ、もっと、見せて欲しいです…。」
「おや、興味津々かな?」
飼育係はケースを開けて中のカプセルを見せてくれた。
「このカプセルを飲むと、だいたい3時間ぐらいでぱたりと倒れて死ぬ。楽にね。」
救われた気がした。一気に飼育係が気に入った。
「名前はなんですか?」
「わたし?わたしは、弥富だよ。」
「やとみさん…」
「うん。」
弥富さんはずいっと1歩近づいてきて、穏やかな笑みを見せた。
彼からは、レモンの紅茶のかおりがした。
柔らかな光が彼女の目に宿っていた。正真正銘、母の目。
これまで見てきた中で1番柔らかな目をしていた。
僕はこの人とは一緒にいてはいけないと思った。
なぜかって?
生に希望を持つ柔らかな目を持つ彼女と、死に希望をもつ僕とでは違うから。
彼女が羨ましかった。
柔らかな光なんて、もうどこにしまっておいたかも忘れてしまったから。
黄色の世界。それは地獄だった。
濁った瞳の奇形の人間。悪魔だった。
ただっぴろい地獄のなかで悪魔とふたりで鬼ごっこ。
まるで子供時代に戻ったようだ。
黄色の世界はあの田舎の夕方を思い出させる。懐かしい。
なぜこの地獄に来たかはわからない。
友人と、子供に戻ったように本気で喧嘩をしていた。
ここに来る前の最後の記憶だ。
子供のように…純粋なようで濁った行為。