「不完全な僕」
「お嬢様、お茶が入りました」
猫舌な私でも飲みやすく、それでいてぬるいわけでもなく適度に温かい紅茶。何年も私に仕えてきた彼はいつも完璧に仕事をこなす。
彼の完璧なところは仕事だけではない。身嗜みはもちろん、一つ一つの仕草や言葉遣い、そして周囲への気遣いに至るまで全て美しい。
さらにその容姿に至るまで欠けることのない、神が私に遣わせた最高の従者だ。
そんな彼にも、一つだけ似合わないものがある。
「貴方もいかがかしら?」
「ぼ、僕は大丈夫です」
あれほどの美しい顔と声には似つかわしく、彼は自らを僕と呼ぶ。
これでこそ愛おしい、私の不完全な僕(しもべ)だ。
『言葉はいらない、ただ…』
「試合の時、脅迫されてた私はルール違反をした…」
「…」
「そのまま私は勝ってしまった…」
「…」
「本当にごめんなさい…」
「…」
「いらない」
「…え?」
「そんな言葉はいらない。ただ…」
「ただ…?」
「今すぐ私と勝負しなさい!正真正銘、正々堂々正面から!」
「…!うん!」
さよならを言う前に
本当に、貴女を最期まで理解できなかった。
どれだけあしらっても
どれだけ突っぱねても
どれだけひどいことを言っても
貴女は何故か、私から離れなかった。
どうしてそんな風に笑っていられるの。
さよならを言う前にそれだけは教えて欲しかった。
つまらないことでもちゃんと話してよ
ひんやりした感触を腿に受け、私は目を覚ます。
どうやら、雨が降るようだ。
ベンチで眠っていた私は、膝で眠る親友を起こそうとする。
後ろに結んだ彼女の髪はとても綺麗だ。
今もなお、日の光を浴びて輝いている。
そして気付く。
空は雲一つない快晴。
冷たい感触は今も広がり続けている。
まさか。
私の膝でうなされているとしたら、かなりショックだ。
私は彼女の顔を覗き込むと__
思いっきり頭を引っ叩いた。
「痛った」
彼女は頭を抑えながら足元に転がり込む。
私は無視してハンカチを取り出し、スカートの水溜りを拭き取る。
「何すんのよ」
憤る彼女だがそれは私のセリフだ。
「何すんのじゃないわよ。あんたのよだれで染みができちゃったじゃない。」
立ち上がった彼女はみるみる血の気が引いていく。
視線の先にはど真ん中だけ色が暗い私のスカートがある。これではまるで…
「お、おもらs__」
「そんなわけ無いでしょバカ!」
私たちの不毛な鬼ごっこは午後のチャイムまで終らなかった。