ロイチ

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5/2/2023, 3:37:00 AM

「そう見えるの?」
「ん?」
 ん?とは反応しつつ、姪っ子はクレヨンを画用紙にグリグリ押し付け続ける。
 描いているのは、恐らく太陽。
 黄色、ピンク、赤、緑……その他色々の花たちに、本人とお姉ちゃん、義兄さん、そんで多分このメガネが私。
 その上で燦然と輝く、紫色の太陽。
「紫、好き?」
「んーん!」
 力強い否定。
「そしたら、なんで紫なん?」
「まだつかってないから!」
「……ああ」
 赤も黄色もオレンジも、もう花で塗っちゃったもんね。
「これでぜんぶ!」
「クレヨンコンプリートかぁ。おめでとう」
「あいあと!」
 姪っ子は常に全力で生きているのだ。とても偉い。世界一偉い。

#カラフル

4/30/2023, 10:02:44 PM


「だいじょーぶ?」
 もう酔ってたんだろう。場違いな僕を心配して覗き込むその顔はほんのり色づいて。
「……ごめん、大丈夫だよ。こういう場、慣れてなくて」
「飲んだ?」
「いや。飲む気になれない」
「あのね、こういうとこでは無理にでも飲まなきゃ。飲んで酔うの。みーんな酔ってる中でひとりだけ酔わない側でいるから辛いんだよ」
 全然分からないような良く分かるような理屈を口にしながら、君はバーテンに「パラダイス」と注文する。
 そうして差し出された、オレンジ色の楽園。
 酔ってこの孤独が緩和されるとは到底思えないけれど、少なくとも君と同じ脳の状態にはなれるならと、一気に飲み干す。
 そうして噎せる様に泣き笑いながら背をさすってくれた君のことを、とても強い人だと、そう思った。
 きっとこの人が持っている強さは、南国の暖かさと陽の光と海風を感じるこのカクテルそのものなんだと。

 君がくれた言葉の意味を、ちゃんと分かってなくて、ごめん。
 君だって、同じだからあの場所で酔っていたのに。
 ごめん。
 僕に朝は似合わなかった。
 
 夢から覚めたんじゃない。最初からずっと、歪な夢を見ていたのは僕だけだった。

「じゃあね。……風邪、引かないで」
 未練を、中途半端な優しさで残して。
 あの日手渡された楽園を、君に返して。

 朝が来たら、君だけが目覚める。

#楽園

4/29/2023, 7:28:23 AM



75分の1秒で、私たちは恋をする。

#刹那

4/27/2023, 12:19:05 PM


生きる意味が自分で見つけられんかったら死ぬんか。
気色悪い。
産まれてくることを望んでも無いのに意味言われて真剣に悩む方が馬鹿らし。
オトンとオカンが合体して出来ました産まれました、の先に意味なんかあるかい。

#生きる意味

4/26/2023, 11:57:25 AM


「君には善悪の区別が無いのですか」
「ぜんあく」
 驚いた。俺の先生はずいぶんと素っ頓狂なことをお言い為さる。
「世の中にはひとつの物差しで測れないものがごまんとあります。ええ、確かに有ります。そう君にも教えました」
「そうですとも。自らの経験に基づく偏見に満ちた道徳を、物心つかぬ内からご教示くださったじゃあないですか」
 ああびっくり。まさか性格同様ひん曲がった口先から「善悪」なんて非常識な言葉が出てくるとは思わなんだ。
「先生、先生。俺の目を見てくださいよ。焦点は合ってますか、ご気分はどうですか。子どもが昼間から酒を飲んじゃあいけませんよ」
「……はあ」
 生意気め。俺の顔を見てため息なんざ百年早い。
「いいですか、学生の身分で毎夜酒場を渡り歩き喧嘩相手を川に投げ込んだ後仕送りで色町を漁るのは絶対悪です。言い訳のきかない悪です。分かりますか、分かろうとしてくれますか」
「ふむ。大丈夫ですか先生、息が切れてますよ」
 口をたくさん回したくらいでこのザマだ。普段ろくすっぽ自分の言葉を持っていない証左。
「君、」
「はいはい、はい。学生の身分で毎夜酒場を渡り歩き喧嘩相手を川に投げ込んだ後仕送りで色町を漁るのは絶対悪なのですね。覚えました」
 毎夜はだめと。
「どうしてお前はそう……。その歳にもなってモラルが育っていないのは問題ですよ」
「それは自虐ですか。己の教育の敗北を認めますか」
「………はあ」
 生意気め。俺の顔も見ずにため息なんざ千年早い。
「もう僕にはお前の存在自体が悪に思えます。そう思いたくないのは本心です。それでも悪に思えた方が幾分気が楽になる事も確かなのです」
「そりゃいい。それはとてもいいですね、先生。先生はやはり教師に向いてます。俺が悪なら、俺の為すことすべて悪です。そうしたら、もうそこには善悪が無いのと同じでしょう。いやまったく、俺には思いつきもしない解決方法だ。いいですね。今日今この時から俺は悪に成りましょう。その方が先生も、色々と言い訳が立つでしょう」
「それは……、それは、困ります」
「困る」
 意外。例のごとく、屁理屈並べるなと目くじらを立てるものと。もしくは図星を突かれて動けず、それ以上責めるなと眉を下げて訴えてくるものと。
「困るとは何です。よもや今更俺に善に成れとは言わないでしょう。……言いませんね?」
「言いません。それだけは言えません。僕は、お前に善悪に成ることを望んでいるのではないのです」
「では何をお望みで」
「僕の教え子であることを」
「は」
「お前がこの先も、この手を取ってから寸分の乱れも無く、僕の教え子であることであることだけが望みなのです」
「先生」
「嗤いますか。嗤いますね、いつもの事です」
「いやいやいや、何を言う。先生、先生、やっぱりアンタは強欲の人だ。お子さまだ。お坊ちゃまだ。出会った日から寸分も乱れも無い。ふふ、いや、これが笑わずにいられますか。先生の嫌いな嗤いじゃあありませんよ、本当に愉快なんです。先生、せんせぇ、いいですよ、なるたけ叶えてあげますとも。先生が先生である限り、俺も善悪でなく先生の、先生だけの教え子で居てあげます。いい子、いい子。今日は素直で可愛い、可愛らしい」
 今日は花街代が浮きそうだ。仕送りにも手を付けない。ほら、なんて良い子。
「ああ、やはり酔っているのかも知れません。頭が回っていない。忘れなくていいが、忘れても良いです。良くないことを言った」
「なに、人間なんざ生まれてからずぅっと酔ってるようなものです。ねえ先生、愉しく酔い続けるには善悪なんかで遊んでる暇はありませんよ」
「……お前がそう言うならそうかもしれない。もう疲れました」
「はいはい。帰りましょう、帰りましょう」
 疲れるだろう。善悪なんて教えられても無い空虚の剣を振りかざしてみたものの、その細腕には重すぎるのだから。


#善悪

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