おさかな

Open App
9/28/2023, 10:18:05 AM

別れ際に

「…え?なんて?」

思わず、聞き返す。今、なんて言ったのか。理解出来た、はずなのに。頭が、心が、混乱して。右から左へ、音が流れていく。

「だから、『いいよ』って。…言ったんだけど?」

いいよ。…いいよ。いいよ?

何が。どれが。
明日も遊びに行こうって言ったこと?
プリクラ撮りたいって言ったこと?
寝坊してごめんって謝ったこと?
お昼に自分の好きなチェーン店に入ったこと?

…好きだって、大好きだって、告白した、

その、答え?

「じゃ、また明日」
「うん…ん?」

困惑する自分を他所に、さっさと歩き出して行ってしまう。咄嗟に何も言えず、ただただ見送る時間が流れた。

「え、ちょ、待って、え…!」

なんの答えだったの?
いいよって、ねぇ、

期待しても、いい?

『───いいよ』

柔らかい声が、脳裏を反芻して思考を溶かす。

何も言えないまま、それなのに、ああ、行ってしまう。背中がどんどん小さくなっていく。でも。

「明日…聞けばいっか」

明日も、会える。きっと、いつだって会える。会いたいと口にすれば、会いたいという理由だけで、それを願うことが許される。

「…また、明日!」

少し先、道の向こう。ひらりと手を振り返す夕日に照らされたその横顔に、また今日も恋をした。

9/28/2023, 9:55:22 AM

通り雨

ポツリ、と頭を刺す冷たい刺激。

見上げれば、曇天が広がっていた。
まるで今の気持ちを投影しているかのように、私を中心に雨雲が広がっているようで。なんだか無性に、泣きたくなった。

ザァザァと雨が降り注ぐ。雨音は段々と強くなって、けれど曇天は、私の頭上にだけ広がっている。少し行った先の空は淡い光が差し込んでいて、オレンジとグレーの濃淡が目に痛かった。

あぁ、少し行けば、光の元へ出られるのに。

私だけ、暗い世界に取り残されたみたい。
私だけ、みんなから置いてけぼりにされたみたい。

怖くて、泣きたくて、動けないでいる私は、ただ雨に打たれるばかり。けれど不思議と、涙は出なかった。泣いていたのかもしれない。でも気づかない。誰も、私ですら、頬を伝う雫が何なのか、わからないでいる。

皆が雨から、暗がりから逃げるように駆け足で横を通り抜けていく。

雨が、雨音が、弱まっていく。
パラパラと惜しむように体を叩いた雫。傷ついてもいない体を、冷えてしまった私の体を、暖かい光が包み込んでいく。そうして先程の雨が、ただの通り雨と知る。

皆、歩みを緩める。天を仰ぐ。ため息をつき、そしてまた、歩き出す。

光は差し込んだ。私の元にも。
どこへも行けなかった、私の元へも。

ひとつ、息をつく。前を向く。
私もまた、歩き始めた。