別れ際に
「…え?なんて?」
思わず、聞き返す。今、なんて言ったのか。理解出来た、はずなのに。頭が、心が、混乱して。右から左へ、音が流れていく。
「だから、『いいよ』って。…言ったんだけど?」
いいよ。…いいよ。いいよ?
何が。どれが。
明日も遊びに行こうって言ったこと?
プリクラ撮りたいって言ったこと?
寝坊してごめんって謝ったこと?
お昼に自分の好きなチェーン店に入ったこと?
…好きだって、大好きだって、告白した、
その、答え?
「じゃ、また明日」
「うん…ん?」
困惑する自分を他所に、さっさと歩き出して行ってしまう。咄嗟に何も言えず、ただただ見送る時間が流れた。
「え、ちょ、待って、え…!」
なんの答えだったの?
いいよって、ねぇ、
期待しても、いい?
『───いいよ』
柔らかい声が、脳裏を反芻して思考を溶かす。
何も言えないまま、それなのに、ああ、行ってしまう。背中がどんどん小さくなっていく。でも。
「明日…聞けばいっか」
明日も、会える。きっと、いつだって会える。会いたいと口にすれば、会いたいという理由だけで、それを願うことが許される。
「…また、明日!」
少し先、道の向こう。ひらりと手を振り返す夕日に照らされたその横顔に、また今日も恋をした。
通り雨
ポツリ、と頭を刺す冷たい刺激。
見上げれば、曇天が広がっていた。
まるで今の気持ちを投影しているかのように、私を中心に雨雲が広がっているようで。なんだか無性に、泣きたくなった。
ザァザァと雨が降り注ぐ。雨音は段々と強くなって、けれど曇天は、私の頭上にだけ広がっている。少し行った先の空は淡い光が差し込んでいて、オレンジとグレーの濃淡が目に痛かった。
あぁ、少し行けば、光の元へ出られるのに。
私だけ、暗い世界に取り残されたみたい。
私だけ、みんなから置いてけぼりにされたみたい。
怖くて、泣きたくて、動けないでいる私は、ただ雨に打たれるばかり。けれど不思議と、涙は出なかった。泣いていたのかもしれない。でも気づかない。誰も、私ですら、頬を伝う雫が何なのか、わからないでいる。
皆が雨から、暗がりから逃げるように駆け足で横を通り抜けていく。
雨が、雨音が、弱まっていく。
パラパラと惜しむように体を叩いた雫。傷ついてもいない体を、冷えてしまった私の体を、暖かい光が包み込んでいく。そうして先程の雨が、ただの通り雨と知る。
皆、歩みを緩める。天を仰ぐ。ため息をつき、そしてまた、歩き出す。
光は差し込んだ。私の元にも。
どこへも行けなかった、私の元へも。
ひとつ、息をつく。前を向く。
私もまた、歩き始めた。