『1年前』 No.88
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真っ暗だった。
自分が何なのか分からない。自分の個性が分からない。手探りでたった一つの自分を、ましてや暗闇で見つけるのは難しい事だった。ときどき、
「あなた、真面目だね。」とか「頭良いね」とか、そう言うのも聞いたけど、これはもっと私を暗く、冷たくしていった。そんな中、時々わたしに共感してくれた光もあった。あの人は同じ、そう思って、ちょっと辺りが明るくなった。もう少しで私が見えそうだったのに、やっぱりぷつんと音を立てて暗闇に戻った。その人は、他の人のところへ移った。
救われない、見つからない。
そんな入り組んだ暗い道を、ただ進み続ける。進み続けたら、時々悪魔の手が別の方向に私を誘った。
「楽になろうよ。」って。そうだね、そうしようってなると、もう戻って来られない。甘ったるい悪魔の声を塞いで、手を振り払って、もがき苦しみながらも進んだ。脱線のないように。ひたすら泣き叫びながら。そしたら、ちゃんと次の道が見えてきた。
次の道も相変わらず暗かった。でも、何もないよりかはまし、というか、楽だった。前までは何もない暗闇をひたすら進んだけれど、今度は腰掛け椅子があったりとか、面白い生命体がウロウロしてるのを誘導してあげたりとか。何もなかった顔に、ちょっとにっこりが増えた。
それから、坂道や障害物もどんどん進んだ。いずれにせよ透明か白だったけど。中でも、網々をくぐり抜けて進むのは苦労した。足に絡まると凄く面倒くさい。その分、脱出したときの爽快感は凄かった。ターザンロープもあった。といえど、底無しの、落ちたら一貫の終わりって奴じゃない。ちゃんと水みたいなのが受け止めてくれた。怖くなかったし、逆に好奇心が涌いた。
そして、いつの間にか辺りに光が差し始めていた。
ばってんが連なるロープをくぐり抜け、小さめの壁は上に何とか乗って向こうへジャンプし、次はまだか、と進んで行った。疲れなかった。楽しみだった。そして、笑顔だった。
1年前はこんな道を辿った。
今は、明るい道を進んでいる。
『好きな本』 No.87
この本、好きなの~!
だって、私の心の中そのまんまを書いてあるんだもの!
ほら、今足されたじゃん!
「この本、好きなの~!私は友達に本を見せつけた」
『あいまいな空』 No.86
「よし、じゃーあ~、明日晴れたら公園つれてって!」
そう言って次の日が来た。
…曇りって、どうしたらいーの?まま。
『好き嫌い』 No.85
「もう、これくらいは食べなさい!!」
お皿に一つの塩ジャケがのっかってた。僕は塩ジャケが嫌いだ。ゼッテーに食べてやらん!!
一歩も譲らない僕に母は呆れて、塩ジャケ一つをラップでくるんで冷蔵庫にほおりこんだ。母は怒っていた。勝ち誇った顔で、僕は米をばくばくたいらげた。
夜になり、父が帰ってきた。さっき包んだ塩ジャケも、父が食べるらしい。丁度その話題になったので、僕は机に肘を突いて、1階から聞こえる「塩ジャケ」というワードを食い入るように探した。
「あの子、いつになったら塩ジャケを克服してくれるのかしら…せっかく作ったのになあ」
いや、父が食べるのではない。一口だけ口を付けたのだから。それに、父も二つもいらなかったらしい。つまり、捨てるってこと。
そういえば、いつしか言ってたな。
「魚も生きていた」って。
僕は、気付けば階段を駆け下り、捨てられそうな塩ジャケをかばっていた。
『街』 No.84
海に沈んだ街。今はそう呼ばれている
今 は そう呼ばれている
生きていた頃の、私の街