「この空に飛び立つことが出来ればどれだけ楽になれるんだろうね」
彼女は良くこんな事を言っていた。飛び立つとは一体どういう事なのか私は分からなかった。翌日彼女は自宅のベランダから飛び降りたというニュースが流れた。幸い命は繋がったようだが意識不明との事だ。
「若いのに恥ずかしいわね。あんたはこうなったらダメよ」
獣を見るような目でテレビを見る母が言ってきた。彼女の思いを無下にした母は彼女よりも獣だろう。その時ようやくあの言葉の意味が分かった。
ースズメが鳴く頃にー
私と彼女は中学生の時に初めて出会った。クラスメイトに虐められている彼女を助けたことで私を好きになったようだ。
「ありがとう。私は清本渚。貴方の名前は?」
渚は赤く腫れた顔を抑えながら微笑んだ。虐められてるのにタフな女の子だと思いながら私は答えた。
「葵花楓」
名乗るのは余り好きじゃない。葵、小学二年生の時だったか、良く葵のせいで空が青い。なんてギャグが流行ったから。
いつだって忘れない物語
私達は2人でひとつだった。森に入れば慌ただしく止める声を発したのは彼だった。次第に私達は友達の枠を飛び越えて親友になっていた。
あれは暑い暑い夏の日、私達は村外れにある小屋で出会った。彼はいつもこう言っていた。
「奇跡って本当にあるんだね」
奇跡。その言葉は私は嫌いだった。この世に奇跡があるなら私は生まれなどはしなかった。私は何の為に生まれてきたのか、当日まだ五歳だったがそんなことを考えていた。
「なぁ、お前の名前聞いてなかったな」
セミのぬけがらを見つめながら彼は言った。私は名乗るのが嫌いだった。だから偽名を使って誤魔化すことにした。
「真田一」
真田というのは分からなかったが、一という言葉にはナンバーワンという意味が込められてるらしい。何かで一番になりたかった。当日は生きる意味を見いだせなかったから自己顕示欲を高めたかったのだろう。
「一か、良い名前だな!俺は手塚内侑!よろしくな!」
私が放った嘘に対して彼は随分ストレートに言ってきた。目の奥には真っ直ぐな何かが宿っていた。(私とは違う、彼は本当の事を言っている)