"私の当たり前"
年単位で染み付いた習慣は中々抜けない。
裏社会に何年も身を置いていたから、数年経った今でも常に警戒、直ぐに動けるような体勢をとる。
そのせいでずっと気疲れのようなものを起こしている。
そこまで神経を逆立てる必要なんか無いというのに。
"街の明かり"
住宅街には今夜も沢山の明かりが点いている。
自身の職場兼住居の医院の明かりも、その中の一つ。
そして夜は、ハナのテンションが高い時間。
明かりが点き始めると、ハナの声が日中より少し大きくなる。
猫は夜行性だから、夜活動的になるのは遺伝子に刻まれている習性。それと、休みの日以外の日中は居室に缶詰状態なせいで体力が有り余っている。
夕食後に目一杯遊ばせているからか、夜中暴れ回らないのが救い。
"七夕"
商店街を通るルートを歩いていると、商店街の至る所に思い思いの七夕飾りが店先を彩っていた。
早朝でどこも開いていない為、普段ならとても静かで少し寂しさを覚えるが、七夕飾りのおかげでそれを感じさせない。
この前通った時と少し違うからか、最初はキョロキョロしていたが次第に『道自体は同じ』と気付いたらしく足取りが軽やかになった。
──帰ったら星、もう少し折るか。
"友だちの思い出"
当然《あの時》の嫌な思い出だけでは無い。
一時期俺の診察室に入り浸りすぎて『あの人誰?』と、まるで怪談のように噂が立っていた時があった。
業務に支障が出ていないし別にいいかとほっといていたら『あの人ってまさか花家先生の背後霊……』なんて言われだして、さすがに来る頻度減らすように言ったし、他の医師や看護師にはちゃんと説明した。
あのままほっといていたら、間違いなく俺自身や診察室のお祓いをさせられていた。
別にお祓い自体はいいし、むしろして欲しいが、友人が背後霊扱いされ、これ以上大事になって不安にさせたり迷惑をかけるのは居た堪れないから。
日が経った後は笑い話にされたが、ちっとも笑い話じゃない。
"星空"
ハナを連れて医院の屋上に上がり、夜空を見上げる。
街中のはずなのに、それなりに高い場所だから二等星も見える。
フルートと楽譜ノートも持ってきているので、ケースを置いて蓋を開け、組み立てて楽譜ノートを広げる。
演奏するのは、【星と僕らと】。
ジメッとする星空の下で、ゆったりとした曲調のものを演奏するのは、中々に乙なものだ。
曲名や歌詞の中に『星』が入っているこの曲を、外で演奏するなら星空の下がいいと思っていた。
だから今夜晴れているのを見て、屋上で吹きたいとハナを連れて上がった。
気分は最高。夜闇の中から瞬く星々と柔らかな明かりを照らす月、この空間にフルートの音色が響くのはなんとも神秘的で、俺が演奏している姿を他人が見たら幻想的な空間になっているだろう。
演奏を終えて口を離す。先程までうっとりとした顔で座って聞き耳を立てていたハナが立ち上がってゆっくり足元に来て、「みゃあん」と鳴いた。
フルートをバラしてケースの中に仕舞って、地べたに腰を下ろして空を見上げる。
日常を忘れさせる力がある星空を見上げながら、膝に乗って丸くなったハナを撫でる。
──こんな風に夜を過ごすのも、たまにはいいな。