"胸の鼓動"
「んーっ…し、今日の分終わり」
データを保存し、今日も1日酷使したモニターの電源を落とすと戸棚の戸を開け、フルートの入ったケースを持って病院の外に出る。
もうすぐそこまで秋が来ているのを告げる風を浴び、空を見上げる。
「うお…」
今日はよく晴れているから星がよく見える。月も綺麗に輝いていて、夜空の美しさに胸が高鳴る。ちなみに今からやろうとしているのは、あの変な演奏会の後に見つけて、アレンジした曲。そしてこの夜にピッタリな曲名の曲だ。…さっきこの夜空に胸を高鳴らせた俺にも、だろうな……。ケースを地面に置いて蓋を開けフルートを取り出し、ふぅ、と一息吐いてフルートを口に当てて構える。
曲名は…《STAR BEAT〜ホシノコドウ〜》
最初はコーラスメインで。
《Lalalala Lalalala…》
と、ハミングするように音を奏でる。ちょっとのキーボードソロを奏でて、1番のAメロへ
《いくつもの夢を数えても 聞こえないふり続けてきた》
この後にコーラスが食い気味に入る。この曲は何箇所もそんな場所があるから迷ったけど、ボーカルメインでコーラスは可能な限りであまりアレンジ箇所に加えない、に落ち着いた。ここの辺りはちょっと悲しさと寂しさを溶かした音で奏でる。この辺りの歌詞は少しチクチク刺さる…。
《STAR BEAT!》
ここで音に爆発力を持たせて、サビに入る。サビではAメロBメロとは対象的に、明るい音に楽しさと喜びを溶かした音で奏で紡ぐ。
《まぶた閉じて あきらめてたこと いま歌って いま奏でて 昨日までの日々にサヨナラをする》
間奏でまた少し音に悲しさを溶かして2番に繋げていく。
そして2番に入る。
《懐かしい記憶をたぐって 星がめぐり届ける声 聞こえる》
そしてここで優しさを溶かす。
《声をあわせ STAR BEAT!》
1番の時と同じように爆発力を持たせた音でサビに入る。そしてまた音に楽しさを溶かす。音が走らねぇように、と気を付けながら奏でていく。
《眠ってる声が聞こえたら 意志と勇気が切なくて》
またチクリと…。まぁ、だから惹かれたんだろうな、この曲に。それでも楽しさを溶かした音を奏で続けて
《いま笑って いま赦して》
そして間奏へ。先程のよりも長い間奏を経て、3番へと奏で、3番に入る。
《遠くひとり 願うだけだった 夢のかけら まもること》
《ずっとひとり 祈るだけだった》
ここはどことも違う、細い音に悲しさを混ぜた音で紡いでラスサビへ。
ラスサビでは今まで以上に楽しさと喜びをたっぷり溶かして奏でていく。
《届けたい歌 キミの声》
そこに優しさも溶かし、楽しさと喜びと優しさをフルートの音に乗せて、歌の終わりへと音を紡いでいく。
《昨日までの日々にサヨナラをする》
アウトロへ、アウトロではイントロと同じように
《Lalalala Lalalala…》
と、ハミングするように音を奏で、ハミングの後は音に静けさを与えて、曲終わりへと音を凪いでいき、音を夜闇に溶かす。
ゆっくりとフルートを離して、ふぅ…、と一息吐く。置いていたケースの前にしゃがんで蓋を開け、フルートをケースに戻し、蓋を閉める。そして何だか急にこの曲を歌いたくなって、立ち上がって大きく息を吸い、歌い出す。当然キーは低いけど、曲の雰囲気と音をそのままに、夜空に向かって優しく、微笑むように歌い紡いでいく。
"踊るように"
また動画サイトで音楽を漁り聴いて、また気になる曲を見つけて聴いている。今度は男性のバンド曲で、曲調がとても綺麗でダウンロードして、その曲をBGMにカルテの整理をする。
「フ〜フ〜フフ〜…♪」
ついハミングが出てしまう。体もリズムに合わせて揺れて、組んでいる足もリズムを刻みながら、タンタン、と床を鳴らす。歌詞は何かチクチク刺さるけど。
「心 QUIET NOISE♪〜…」
ついに歌い出してしまった。けど今ここにいるのは俺1人だし、別にいいか。
「響く QUIET NOTE 闇の中で 追いかけてる♪〜…」
などとサビを歌っていると、カルテ整理があらかた終わった。後で確認するか、と息抜きにコーヒーを飲もうとデスクから離れる。
「流れてゆく どんな未来さえも♪〜…」
と歌いながら棚からマグカップを1つ取り出し、コーヒーを入れる。この曲、アレンジして演奏してみようかな。デスクに座り、ズズッ…、とコーヒーを啜りながら、スマホを弄ってこれからの予定を確認する。
「胸に秘めた 熱い思い 静かに♪」
"時を告げる"
用事を済ませた後あの時計塔に自然と足が向いて、公園のベンチに座って時計塔を眺めていた。不動を貫く威厳と、公園で遊ぶ子ども達を見守る暖かさという相反するものを持ち合わせるレンガ造りの時計塔を眺めながら、頬を撫でる風に季節の変わり目を感じる。もうじきこの公園を囲む木々が赤や黄色に色付いて、そうすればあの時計塔の雰囲気も変わるだろう。なんて考えていると
──ゴーン、ゴーン……
時計塔から、鐘の音がした。塔の時計を見ると、針が11:00を指し示していた。そろそろ帰らなければ。腰を上げて、体を公園の出入口に向ける。数歩歩いた所で時計塔に振り向いて
また来るから。
と、心の中で呟きながら微笑むと、また体を公園の出入口に向けて帰路についた。
"貝殻"
前に海へ行った時、綺麗な貝殻を幾つか拾ってきて、持って帰って来てからどうしようかと考えてカバンに付けるチャームとネックレスを、仕事の合間にちょこちょこ進めて作っている。ネックレスは自分用、チャームはあいつの。チャームは、カバンの取っ手に括り付けるタイプにした。ネックレスを完成させてからもう1つくらい作れそうだなと、それならあいつにあげるやつを作ろうと思った。最初はストラップとか考えてたけど、取れてなくなった時すぐに気付けないかもと思い、取っ手に付けるタイプならとデザインして製作を開始した。デザインどうしようかと悩んだが、結局ネックレスと同じ感じになった。けどメインの貝殻が似た形だし、まぁいっか。
「フフ〜♪」
今はチャームの両端に金具を付けている所。
後はここを閉じて…
「っし、出来た」
顔の前に広げて掲げる。一見子どものブレスレットのようなチャームの綺麗な出来を見て、『我ながら上出来じゃね?』と自己肯定感を少し上げてみたり。
「さて、どう渡そうか?」
やっぱ2人っきりの時だろ、普通に恥ずいし。渡し方は…、このまま渡すのはちょっと味気ねぇか…?ちょっとした紙袋に入れて渡すとか…。そういうのは、百均に行けばあるか?ちょっと調べて……。
「……」
スマホに手を伸ばしかけるが、そのまま止まって冷静になる。
別に男同士だから包装とかどうでもいいだろ。つーか、マジでどこ目指してんだ、俺?なんか、だんだん……。
そこまで考えを巡らせ、何か認めてはいけないものを認めそうになり、頭を振って追い出して伸ばしかけていた腕を引っ込めた。
チャームはこのまま渡そう、うん。
"きらめき"
休憩中、気分転換に何かいい曲はないかと動画サイトで色々聴きながら漁っていると、ある曲で聴き入るように体が固まった。
女性の曲だけど、何だか口ずさみたくなるメロディで、歌詞も素敵で惹かれる。一通り聴いてから音楽アプリを開いてその曲名を検索欄に入力してダウンロードする。そして再生をし、同時に歌詞欄を開いて曲を聴きながら、歌詞を改めて見る。本当に綺麗な歌詞で、メロディと相まって、心が洗われるように清々しい気分になるし、爽やかな風が肌を優しく撫でながら青空を吹き抜けていくような感覚にもなる。
──めくる廻る出会いは変わるがわる訪れ やがてすべての景色塗り替えるよ
そんな歌詞が急に目に付いた。他にも
──夢がどんな姿で貴方の側に来るか 分からないけど だから 素晴らしいの
こんな歌詞にも目が止まった。曲も、その部分が強調されるように聴こえてきた。中でも一番目に止まったのは
──何でも無いある時に 一人じゃない 二人でもない いつか届く7つのgift
この歌詞が異様に惹かれた。そして何回か繰り返し聴いている内に、なんだか胸がいっぱいになってきた。そしてまだ休憩時間のはずなのにデスクの上のディスプレイに向き直り、鼻歌でその曲を口ずさみながら資料やデータを展開していく。気分転換には十分すぎる曲を聴いて気合いを入れ、心を弾ませながらキーボードをカタカタと叩いていく。