"些細なことでも"
好きな味とか好きな食感とか、知りたい、と思って色々聞いたら「細かい」と言われた。悪かったな、細かくて。けど、俺の事ばかり知られて不公平だろ。それに俺だって気になる。
食べ物ならいつか、あいつの好きが詰まった物を作って振る舞いたいから。料理ならそれができるから。景色とか、匂いとかは2人でそこに行って一緒に感じたいけど、料理だけは作った人に嫉妬してんのか、ちょっとだけ、ムッ、とする。料理なら、ずっと1人で暮らしてて、自炊だってしてたから、…まぁプロテインバーとかで済ます事の方が多かったけど、ちょっとは自信あるから、たとえプロでも他の人の料理を褒められてたら、ちょっとだけ腹立つし、『俺だってこれくらい……』と思ってしまう。だからその度に、どこが良いのか細かく聞いて、後で調べて作って料理のレパートリーを増やしていく。それを繰り返していって、いつか飛彩の体を俺の作る料理で構成したい。
……って、考えるのは……《重い》か…?俺って結構《重い》やつなのか!?
それが原因で「別れよう」とか言われたらどうしよう…。少し控えようかな……。
"心の灯火"
俺の心の世界はずっとモノクロだった。目の前の世界はカラフルなのに、心は色を認識せず灰色の世界が広がっていて。ふとした時に耳の奥で聞きたくない言葉がこだまして、耳を塞いでも聞こえてきて。色も、音も無くて、全てが冷たくて、起きているのにずっと悪夢を見ているようで、苦しくて。けど歩くのも進むのも止められなくて、止めたくなくて。光のない世界の中を、ずっと1人で歩き続けてきた。
けど誰かに手を引かれて、振り解こうにも力が入らなくて。次第に手を引く力がどんどん強くなっていって、どこに連れて行かれるのか怖い、けど諦めてそのまま手を引かれながらついて行くと、灰色だけだった世界が少しずつ色付いてきて、耳の奥をこだまする声もいつの間にか聞こえなくなっていた。
本当はこんな風に輝いていたんだ、本当はこんな場所だったんだと、ずっと冷たかった世界が暖かくて、自分の世界にだんだんと光が灯っていって、なんだか胸がいっぱいになって、凄く嬉しくて。言葉が洪水のように流れてきて、どう表せば良いか分からない。けど、これだけは言える。これだけは伝えたい。
ありがとう。
"開けないLINE"
スマホの電源をつけて、新着メッセが来てたらすぐ開くのに、心がグチャグチャになった時は開けない。
もし開いてしまったら、心無い言葉を送ってしまうかもしれない。それか、相手からの何気ないメッセに勝手に打ちのめされて、余計グチャグチャになってしまうかもしれない。それにそういう時は「誰にも会いたくない」と、業務のある日は患者以外とは顔を合わせないよう外に出ない様に、休診日は本当に誰1人とも顔を合わせないように極力部屋から1歩も出ずに過ごす。勿論食事は部屋に常備してあるゼリー飲料やプロテインバー、あとは飴玉とかラムネとか片手間で食べられるお菓子で済ませる。
ダメなのは分かってるけど、以前の俺はそんなのはザラだったし今でも疲れてる時とか面倒くさがってそれで済ませるし、その為にいつもストックしている。辛い時はそれに助けられてるし、ちょっとした休憩の合間にも丁度良いから止められない。
「………」
いつもの事だが、後からなんだか連想ゲームみたいになって、今日書こうと思っていた事からどんどん遠ざかっていく。
「まぁ、楽しいからいいけどよ…。はぁ……」
書き終えたページを見て、自分へ呆れたため息を吐きながら、パタリと閉じた。
"不完全な僕"
この世に完全な人間なんていない。少なくとも俺自身は完全な人間なんかじゃない。答えの無い道を、迷いながら進んでいる。以前の自分はそうだったけど、今は誰かに答えを委ねてしまう。自分で答えを出してしまったら、また傷付いて動けなくなってしまいそうだから。自分がこれ以上傷付きたくないから、誰かに《答えを出して欲しい》って縋って、傷付く事から逃げている。けれど、そんな自分が嫌だなんて思わない。だって、それも《俺》の大切な思いだから。それに、傷付きたくないのは当たり前の感情だから、逃げたっていいんだ。それがどんな近道だとしても、嫌だと逃げてもいい。そうしたら遠回りして辿り着けばいい。正解なんてないのだから、全ての道は繋がっているのだから、遠回りしている間に意外な所で別の近道を見つけるかもしれない。それまで考えもしなかった答えが見つかるかもしれない。そうやって色々な道を行けばいいんだ。全部の道を知ってから選んでもいい。だって、不完全なんだから。不完全らしく、もがき足掻いて進んでいい。心は、大切な自分の一部なのだから、心を守りながら進んでいい。
"香水"
以前ひまわり畑に行った時に売店で《向日葵の香水》を見つけ、気になって香りを試してみたら良い香りだった為、つい買ってしまった。だが
「……どうすっかな…」
未だに使い所が分からず、箱から出さずにずっと放置してしまっていた。確かに良い香りだけど、俺自身香水なんて使った事無いし、使う場面なんて全く思いつかない。しかも花の香りなんて…。いや、そこまで甘い香りじゃないから男が付けても問題無い、と思う、けど……。やっぱり外に付けて行くのは気が引ける。
なら、外に出て行く予定がない日に気分転換も兼ねて、手首に付ける事にしよう。今日が丁度その日だし。という事で、ようやく箱を開けて香水瓶を取り出し、手首にワンプッシュして両手首を擦ってもう片方の手首にも香りを付ける。手首を鼻に近付けて嗅ぐと、向日葵の柔らかく優しい甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「ハァ…。やっぱ良い香り……。よしっ」
少しリラックスして気合いを入れる。そして香水瓶を仕舞い、部屋を出て今日の業務をスタートした。