ぺんぎん

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10/31/2022, 12:53:50 PM

湯を張らないバスルームが温度を持たないように
君をとりこぼした私になにも残らないことは知っている
あつく濡れそぼった指先が、冷たさに曝されて、水滴を、ひとつとりこぼす
私はまだあの好意を、丈の長いズボンみたいに引き摺っている

10/30/2022, 9:32:38 AM

浴槽に注いだばかりの水がもうぬるくなっていた。簡単に冬だと思った。
こっくりと濃い夜に引っ掛かった三日月を鏡越しに、少しだけ湯気のかかった指でなぞる。
湯を張らないバスルームが温度を持たないように、君をとりこぼした私になにも残らないことは知っている。あつく濡れそぼった指先が、冷たさに曝されて、水滴を、ひとつとりこぼす。
ゆらゆらと不安定になびく水面下に手を食べてもらうと、後ろめたさがふわふわと抜けていってくれるので、心地よかった。指に沿って跳ねて、泡が剥がれて、波紋を描くのが夢のように綺麗だった。

雨が一晩中、これでもかと床を叩き、窓がぴしぴしとざわめく夜があった。なにも怖くないのに、シーツの中がずっと冷たかった。軽快な音がしたあと、君はメールの文の中でさえひどく動揺して、窮屈そうに泣いていた。
覚束無い足許をぐらつかせて、ビニール傘の半分くらい、肩を濡らしていた君は、目元に泣き跡をもってきては、私にすがった。持て余したものを、残り物を温め直そうとするみたいに、私にくれた。総て私が与えてほしかったものばかりだった。
―――おれ、彼女と別れたんだ、振られたんだ。「いい人だったね」って、それだけで愛の境目をつくるのは卑怯なんじゃないの。
―――なあ、どうせなら、おれを慰めて、ぼろぼろにして。
君と私は、まあまあ上手くやっていた友人だった。私が身勝手に抱えきれない好意をよせていたまでで。いつのときかは、曖昧に保ったバランスが頽れることも覚悟していた。君も、私なんかで自分を壊そうとしてるんだから、卑怯だと思った。勝手だと思った。けど、私は、ひどく長いキスをした。私もたぶん卑怯だった。唇がひりついて痛かった。底なしの貪欲を刃物みたいに突きつけては好き、なんて軽々しくぼやいた。君のことなんてどうでもよかった。
はじめて、君が、私の前で、気持ちいいって、ぐしゃぐしゃに泣いた。やっぱりかわいいなって他人事のように思った。私は私でいられなくなって、それでも君を壊してしまわないよう、断片的な理性を掬っては、うなじに優しく歯をたてた。
そのとき、君のまなじりに浮かんで、頬をなでた熱も、私にとどく頃には冷たかったことを思い出した。

そういえば、冷凍庫に型くずれしたアイスがあった。途端に、さっさと冷めた浴槽を抜けだす。甚だばかみたいだと思ってしまえればどんなに楽だったのか。凍りつきそうな床に膝を落としたら、冷たくて痛い。冬だった。
ああ、知ってるか。君としたときの、ローション、まだ残ってんだ。あのとき、君の体温は、さっき浴槽に溜まったばかりの水みたいだった。うわべだけは冷たくて、繋がりすぎたら目眩がする。君だけ奇麗になっちまって、私はまだあの行為を、丈の長いズボンみたいに引き摺っている。

馬鹿なことを考えては、また浴槽のドアに手をかけた。薄くて、やや透明な袋の剥がれたアイスは、半端に溶けていて、形あるのに奇妙だった。こぼさないように手を添えて、口で咥えた。食んだ。あまくてあまくて、胃が爛れそうなほどにあまくて、苦しい。甘さに殺されそうになるなんて心外だった。
鼻がつんと痛い。細い月がぼやける。指先が小刻みに震える。
ぬめった床につま先が触れる。ずっと冷たいままの浴槽に溶けかけのアイスを放り込んだ。

また楽しくなって書いてみました。

10/28/2022, 1:19:26 PM

いつまでも好きでいると心だけで誓っては、純粋な夢に身を委ねていたあの日をなぞってみたけど、初恋の色は到底分かるはずがない
好きだった、なんて過去形でしか愛を語れないのはひどく窮屈だ

10/27/2022, 12:57:01 PM

ラップをかけたまま、口を付けられない湿気ったアップルパイと
ごろごろした琥珀を煮詰めたみたいな色と淹れたての湯気の匂い
ゆらゆらと不安定に波立ち、陽の差すバスルームにはいつでも君が沈んでいる
とっくに冷めて色褪せた唇に注ぐために、紅茶にひとつ角砂糖を落とす
ほどなくして融け合う半透明の粒の煌めきと、だらんと垂れ下がった腕
くすんだカップを口に宛てがう、橙の陽が瞬く浴槽は、まるで違うのに紅茶みたいで
それなら君はたしかに角砂糖なのに、いつになっても融ける気がしなかった

10/27/2022, 7:14:32 AM

君のピンクに等しいうなじの色をなぞるラムネアイスが、脈うった首もとを融ける
喉元をくすぐるさらさらした生温さは、結露越しの夜みたいにモザイクがかって見える
たしかに形崩れ、ほどける泡如きが、君の肌を汚してしまうのが、ひどく愛らしい
頬骨あたりの濡れそぼった皮膚は、まろくてべたべたするのに、いつにもまして奇麗だ
君は冷たい、と泣いた、季節の終わりに寂しさからか、足元から攫われそうで怖かった
いまにも凍りつきそうな床に膝を落とし、そういえばもうすぐ冬だな、と浅いことを思う

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