つまらないことでもきっといつか意味があるものになるなんてのはよく耳にして。でもそれはきっとその人がどれだけ物事に注目してるかで今仮に後ろにダンゴムシがいるかもしれないけどほとんどの人が見向きもしないだろうしそんな可能性は頭に入っていないので居たとしても気付かない。そんな些細な出来事の繰り返しが色んな人たちにとって意味があって共通のゴールになったりして感情をぶつけながら頑張る。より深いつまらないことをつまらないじゃなく心から意味のあると思える人に簡単に出会えたらつまんないよな。どうせみんなつまんないんだからつまらないけど誰かにとっての「私は好きだよ」になれたらちょっとはつまらないことでも意味を見出して顔を赤くできるよ、
つまらないことでも
目が覚めるまでにこの世界を覗こう。この地の裏側、はるか遠くにある光の表面、超音波、ぬいぐるみに詰められた綿、タイヤと地面のほんの僅かな隙間さえも全てを知りつくそう。そしたら君が笑顔でこっちを向いてくれることにも気付かず世界を見下しているのかな。時が進む限り無知が生まれることに僕はきっと気付けない。気づいた時にはまた目を覚まそうとする。君の大腿に頭を乗せ上から落ちてくる透明がしょっぱいのを知って、それを誤魔化すように口で蓋をされた。この夢に浸り続けるために無知を演じた。目が覚めたらきっと君はいないのに
目が覚めるまでに
病室
僕はまだここにはお世話にはなっていない。ドラマなどのそういうシーンではお見舞いをする側の視点でしか見ないし患者側の視点を見たところでどういう心境に足を停めているのかは分からないし無意味なのだろう。僕は幸運なことに丈夫な体に産んでくれて、疲労骨折はしたことがあるもののその痛みが骨折であると知らず二三日普通に歩いていたくらいには恵まれている。だからきっと僕がお世話になる時はドラマの情景のような視点で心をバイキングのように揺らすのだろう。将来のことを考えるのは柄でもないからやめよう。いくら備えてようが、
どうせ失わないと分からないんだから。
病室
明日、もし晴れたらなんてのは日本では梅雨のシーズンや雪の降る場所などでもない限りだいたい晴れな気がする。もう心の中で96%くらい覚悟を決めているのだ。でも失敗に終わった時後悔や恥ずかしさで襲われすぎないように少し空に縋って軽減しているのだ。本人はそんなことは考えてないだろうけど。空に運命を握らせるくらいなら自分で夢を掴んで晴れた青を噛み締める方が気持ちいいだろう。でもそんな上の青さなどは成功すればどうでもいい。成功した喜びで満たされて顔を上げることもないからだ。失敗すればアスファルトを見下すのだ。なんて勝手なんだろう。勝手に縋って結果に左右されて感謝もされない。空に感情があればきっと、ねずみ色の白と透き通った色で視界を覆うだろう。
明日、もし晴れたら
人と話すのは嫌いでは無いしみんなには面白いとも言われるし自分でもどうやったら笑いを取れるかを振り返ったりするから否定的な思考を持っている訳では無い。コミュ障かと言われるとそうでもなくて初対面の人とも別に話そうと思えば話せるし愛想悪いも下手では無いしお世辞は嫌いだが使える程度には様になっている。でもとにかく話すのが基本的にメンドクサイ。特に美容院など1番の目的があるのに話しかけて愛想笑いをしたりするのがとても嫌いだ。多少の現状報告みたいなのはいいが趣味がどうこうこれからどうするのだの困るのだ、黙って髪を切って欲しいものだ。できるだけ話したくないし気まずい空間を早く終わらせるよりどうでもいい人と続きもしなさそうな会話を仕掛ける方が苦痛である。とにかく内向的なのだ。大勢でワイワイするのもたまにはいいが人がいっぱいいると声を大きくしないといけないし何かある訳でもないが言いたいこともそんなに言えない。めんどくさいのだ。極力話したくない。話さなくてもどうにかなってるんだから。独りでいる方が楽なのだ。己で悩めば済むのだから。、
だから、一人でいたい