「ごめんね」
アイドルになりたかった。
キラキラでふわふわな衣装を纏って踊る姿は私の憧れ。
そのために厳しいレッスンを乗り越えて、私はステージに立つ資格を手にした。
マイクを持って、あの頃夢見たキラキラでふわふわな衣装を纏う。
今、ステージの向こうでは沢山の人が私を待ってくれてる。
高鳴る心臓を押さえて深呼吸を一回、二回、三回。
皆が私の味方だったわけじゃない。
たいして可愛くないくせに、とか
もっと上手く歌える子がいるのに、とか
踊りが下手、とか
そんなの私が一番分かってる!
あの子の方が可愛くて!
あの子の方が歌が上手くて!
あの子の方が踊りが魅力的で!
でもそんなことで諦められない!!
メイクや表情の作り方を勉強した。
可愛くなったよねってみんなに褒められた。
ボイスレッスンやダンスレッスンに通い詰めた。
歌も踊りもあなたが一番だよって認めてもらえた。
準備はできたよ。
一、二、三。
ステージに飛び出した。
「可愛くてごめんね?」
歓声が私を包み込んだ。
半袖
通学のためにバスに乗る。
真ん中辺りの席の前に立つ彼を一瞬見つめて、気付かれないように人の間に隠れる。
こっそり覗くと、彼は外の景色を眺めている。
紺色の制服から白い半袖に変わっていた。
袖から伸びる腕は日焼けしているから、運動部かもしれない。
春からバス通学になって、いつも見かける彼が気になっていた。
きっかけはお婆さんに席を譲る所を見てから。
こんなに自分が単純だなんて思わなかった。
声をかける勇気はなくて、毎日こうやって彼を見つめるだけで精一杯だった。
『次は☓☓☓前…』
「わっ」
バスのアナウンスが流れ、扉が開くとドッと人が乗り込んできてどんどん押し流されていく。
いつもならこんなに多くないのに。
人に押されて倒れかけると、腕を掴まれて誰かに支えられた。
「大丈夫?」
「…あ、はい!あ、ありがとぅ、ございます!」
引っくり返った声が恥ずかしい。
赤くなる顔を見られたくなくて俯いた。
逃げる隙間もないから、そのまま彼の隣に立つことになった。
「たまに人が多いんだ、このバス」
「そうなんですね…」
恥ずかしがる私に気を遣ってくれたみたいで、彼から話しかけてくれた。
どうしよう、どうしよう。
変な汗かいてるけどニオイとか大丈夫かな。
寝癖直したはずだけどまだ跳ねてたかな。
髪が跳ねてないか確かめるために上げた右腕が、彼の左腕にぶつかる。
「ご、ごめんなさい!」
「こっちこそごめんね。痛くなかった?」
また声が引っくり返るのが嫌で、何度も頷いた。
彼は良かった、と言った。
それから何も言わなくなった彼をまたこっそりと見上げた。
いつもよりずっと近い距離だから顔を見られなくて、半袖辺りを見ることになったけれど。
(もし彼と一緒に歩けたら、こんな感じなんだ…)
そんな青い夏を一人空想する。
残り時間はあと十分くらい。
私には、まだ半袖分だけ足りない。
天国と地獄
天国は、君がいた昨日が終わるまで
地獄は、君がいない今日の始まり
月に願いを
小さな星は、冷たく輝く月に恋をした
けれど月は力強い太陽に恋をしていた
太陽の光を浴びて輝く月は、星の恋心に気付かない
どれだけ星が願っても、月はちっとも星を見ない
無数に輝く星のたった一つ、その光はあまりにもちっぽけだった
星は月に見てほしかった
星は強く強く己の身を燃やした
一等輝く星になろう
太陽にだって負けないくらい輝いてみせよう
そうしたら、君は僕に気付いてくれるだろうか
強く強く燃えて、やがて星は燃え尽きて消えた
月は、ずっと太陽を見ていたから
ちっぽけな星のことなんて気付かなかった
いつまでも降り止まない、雨
最初は小雨だった
そのうち大粒の雨となって、すべてを洗い流していく
穏やかで澄んだ川が、濁流になる
まるで叫んでいるみたいだ
けれど、激しい雨音にかき消される
きっと私の涙も気付かれない
私の叫びも聞こえない
叶うなら、ずっと止まないで欲しい
晴れたら笑わなきゃいけないから
心の中の雨に気付かれないようにしなきゃいけないから