月に願いを
小さな星は、冷たく輝く月に恋をした
けれど月は力強い太陽に恋をしていた
太陽の光を浴びて輝く月は、星の恋心に気付かない
どれだけ星が願っても、月はちっとも星を見ない
無数に輝く星のたった一つ、その光はあまりにもちっぽけだった
星は月に見てほしかった
星は強く強く己の身を燃やした
一等輝く星になろう
太陽にだって負けないくらい輝いてみせよう
そうしたら、君は僕に気付いてくれるだろうか
強く強く燃えて、やがて星は燃え尽きて消えた
月は、ずっと太陽を見ていたから
ちっぽけな星のことなんて気付かなかった
いつまでも降り止まない、雨
最初は小雨だった
そのうち大粒の雨となって、すべてを洗い流していく
穏やかで澄んだ川が、濁流になる
まるで叫んでいるみたいだ
けれど、激しい雨音にかき消される
きっと私の涙も気付かれない
私の叫びも聞こえない
叶うなら、ずっと止まないで欲しい
晴れたら笑わなきゃいけないから
心の中の雨に気付かれないようにしなきゃいけないから
あの頃の不安だった私へ。
新しい人間関係や環境に馴染めるかな。
勉強や部活についていけるかな。
人見知りでコミュ障な私は、不安でいっぱいでしたね。
そんなに考えなくても大丈夫です。
あなたは変わらず友達作りが下手くそで苦労するし、
勉強や宿題はいつも一夜漬けで授業中は居眠りするし、
部活はやる気がなければサボります。
そんな自分が嫌いで仕方なかったですね。
でも、大人になってしばらくしたら諦めるしかないと分かります。
コレが自分だから仕方ないと、少しだけ思えるようになります。
本当に、少しだけ。
だから、どうにか生きてる自分を時々褒めてあげてください。
あなたのおかげで私は今もどうにか生きています。
変わらず友達作りに苦労して、
仕事も時々ミスをして怒られて、
こんな自分が嫌でたまらない時もありますが。
コレが自分なので仕方ないです。
人見知りでコミュ障な、大人になった私より。
逃れられない呪縛
小さい頃からピアノが大好きだった。
楽しい曲は跳ねたり飛んだり、悲しい曲は小さく静かに奏でる。
私の心を表現してくれる大切な相棒だ。
大会で良い成績を取ると両親や周りが喜んでくれた。
並んだトロフィーや賞状を見ると誇らしいようで、少し虚しい。
天才少女
才能に恵まれた女の子
みんなそう言うけれど、本当は何度も止めたいと思ったこともある。
ステージ上の私はトロフィーと同じ輝いた女の子。
でもステージを降りれば、厳しく辛いレッスンが待ってる。
怒りやもどかしさを鍵盤に叩きつけて、嫌いになりかけたことが悲しくてたまらなかった。
でも、ピアノを諦めることなんて出来なかった。
無意識に膝を叩く指先や頭の中を流れる旋律、気付いたらいつもピアノの前に座ってる。
どこまでいっても私は逃れられない。
私の魂を縛り付ける、美しく抗えない旋律たち。
指先を鍵盤に乗せる。
何もかもを振り払うように激しく指を踊らせる。
私は、この呪い(祝福)と共に生きていく。
昨日へのさよなら、明日との出会い
「今日の調子はどう?」
「元気だったらこんなところにいないよ」
「そりゃそうだね」
病室のベッド、白いシーツの上に腰掛けて窓の外を見つめる。
今日の担当看護師さんも、私の憎まれ口に笑顔で対応する。
私なんてずっと可愛いものなんだろうな、と察した。
お爺さんの車椅子を押しながら、その人にずっと文句を言われていたのを見たことがある。
それでも看護師さんたちの笑顔が崩れるところを見たことがなかった。
「いつ学校に行けるの?」
「次の検査結果が良かったらね。それまでちゃんとご飯も食べて、お薬も飲まないと」
「…どうせまた入院するのに」
小さい頃から入院を繰り返して、学校に行く日よりも病院で過ごす方が長くなった。
最後に走り回ったのはいつだったっけ?
友達と帰り道を歩いたのは?
季節なんて関係ない、管理されたこの空間にはもう飽きている。
「こら!私と一緒にスイーツ巡りする約束はどうした!」
「いった!!」
背中をバシンッと容赦なく叩かれた。
振り返ると同室者の彼女がニヤリと悪戯に笑いながら立っていた。
私と同じで何度も入退院を繰り返す彼女とはとっくに顔見知りで、お互い遠慮なんてしなくなった。
「ちょっ、と!痛いんだけど!」
「暗いな〜、もっと笑ってみ?」
頬を容赦なくつままれて上に引き上げられる。
力加減が下手くそだからいつも痛くて、きっと叩かれた背中もほっぺたも赤くなってるんだろう。
私と同じ病人なんて嘘みたいに明るくて、台風みたいな彼女。
なんで彼女がここにいるのか、時々分からなくなる。
証明してくれるのは、手首に巻かれた番号とアルコールの香りだ。
「やめてよ!もう!」
ようやく手を振り払う。
彼女はなんでか楽しそうに笑ってる。
「病院ではお静かに」
看護師さんのお叱りに不満だった私は目を逸らした。
彼女は悪びれもなく手を振った。
看護師さんが病室から出て、お互いのベッドに戻る。
彼女は雑誌と筆記用具を取り出してベッドの上に広げる。
「この新しいカフェに行きたいんだけど」
「いつ行けるかなんて分かんないじゃん」
スイーツ特集が組まれた雑誌のページを向けられるのでそちらを見る。
オシャレな内装と、綺麗に飾られたフルーツやケーキに興味がないわけじゃない。
でも彼女にまんまと乗せられるみたいで素直に行きたいとは言えなかった。
「いつか行くんだから、ちゃーんと計画立てなきゃ」
音のズレた鼻歌は、分かりづらいけどたぶん少し前に流行ったK-POP。
雑誌にはいくつか付箋が貼られて、マーカーが引かれている。
また一つ、彼女は笑顔で付箋を貼り付ける。
「なんでそんなに笑ってるの」
「え?だって楽しみじゃん」
楽しみなんてどうして言えるんだろう。
辛い検査も薬もいつ終わるかなんて分からないのに。
やっと退院しても、またここへ戻ってくる絶望を彼女も知ってるはずなのに。
そんな私の思いを見透かしたように、彼女は私のベッドにやってきて手を握る。
「行くよ、二人で絶対に」
下手くそな力加減のせいで少し痛む手。
けれど前より少しだけ、握る力が弱かった。
指先も冷たい。
「私達には明日しかないんだから」
昨日にずっと囚われてる私を引きずり出すみたいだ。
真夜中に、シーツに隠れて枕に顔を埋める彼女を知っている。
小さな涙声でこわい、と泣いていた彼女の声が忘れられない。
それでも彼女の瞳はどこまでも明日を信じてる。
こっちの都合なんてお構いなしで、知るもんかと笑って手を引く。
彼女こそが、私を明日へ繋いでくれる人。
「痛いんだけど」
そう言いながら、私の温もりが少しだけ彼女に移ればいいと手を離さないでいた。